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庭の王国への旅 40

2015年11月14日 14:08

       *     *     *


 辺りには濃い緑のつややかな葉と桃色の花をつけた低木が生いしげり、道はなかったが、重なり合う低木の途切れているところを選んで進んでいくと、急にひらけた場所に出た。

 一面がやわらかな芝生におおわれ、あたりを木立に囲まれた円形の広場だった。

 この大温室の中心にあたる場所に、彼女は来たのだ。

 円形の広場の中央から、想像を絶するほどに巨大な大樹の幹と見えるものがねじれながら天井に向かってそびえ、ドーム型のガラスの天井の頂点を突き抜けて、さらに遥か上まで伸び上がっていた。

 その幹は、大人の男が二十人集まって手をつないだとしても取り囲むことができないのではないかと思われるほど、桁外れの太さを持っていた。

 あまりの威容に、星の娘は最初、それが生きている植物だとはとても信じられず、人工的に建てられた壮大な記念碑か何かに違いないと思ったほどだった。

 その巨木のふもとに、女王が立っていた。

 その姿はまるで芥子粒のように、小さく見えた。

 女王のとなりには、その身の丈よりも大きな白いモニュメントのようなものがあったが、すぐそばに近付くまで、星の娘には、それが何だか分からなかった。

「彼女は眠っているのよ。」

 星の娘がとなりまでやってくると、女王は優しい声でそう言った。

 白いモニュメントのように見えたものは、大きく波打つふちを持った二枚貝の貝殻で、人がひとりゆうゆうと横になれるくらいの大きさがあった。

 開いたその貝殻の中には、純白の絹の寝床がしつらえてあって、そこに、長く波打つ金色の髪をした美しい乙女が眠っていた。

 薔薇色の飾り房のついた夜着を着た乙女は、その胸がごくゆっくりと上下していることを除けば、ほとんど生きているようには思われなかった。

 その寝顔は静謐で、彼女が夢も見ない深い眠りの中にいることを思わせた。

「薔薇の、女神さま?」

 星の娘は、感動と、畏怖の念とが入り混じったような声で囁いた。

「そう。彼女は、十年に一度、この薔薇の木が花咲くときにだけ目覚めるの。」

 巨木の幹に手を触れながら、女王は言った。

 星の娘は驚いた。

「薔薇の木? ……では、今ここに見えている巨大な木が、そうなのですか?
 陛下は、このお城全体が、薔薇の木の内側にあるとおっしゃったはずですけれど。」

「この大温室は、城の中で最も高い場所で、ここだけは薔薇の木の外側に築かれたのです。
 昼間の鳥も行かない空高くで、薔薇の木のぐるりを取り囲む張り出し舞台のようにして築かれているの。
 そのほうが、ずっと日当たりがいいからと、あの子が言っていたわ。
 ここはもう、雲の上ですもの。
 もちろん、薔薇の木はもっと高くまで伸びているのだけれど。」

 女王は、ごつごつした幹を撫でながら言った。

「この薔薇の木は、王国の中心であり、魔法の源。
 そして彼女の命は、この薔薇の木とひとつであり、この王国とひとつのものなのよ。」

「どうして、この方は眠っていらっしゃるの?」

 乙女の静かな寝顔を見下ろしながら星の娘が訊ねると、女王は微笑した。

「それはきっと、あの子が、眠ることが好きだったからでしょう。
 あの子は眠って夢を見ることを楽しんでいたわ。
 それに、温かい寝床の中にいるときが、一番平穏な気持ちを味わうことができたのね。
 でも、外の世界では、そうはいかない。あの子はそのことが分かっていたの。
 外の世界では、ずっと眠っているなんて許されないということが。
 だから、あの子は、彼女に、自分の眠りを託したのよ。
 何者にも破られることのない、長く平穏な眠りを。」

「では、アウローラさんは、本当はずっと眠っていることを望んでいたというのですか?」

「あの子は、平穏を望んでいたの。」

 女王はそう言い、薔薇の女神と呼ばれる乙女の金色の髪をちょっと撫でてから顔を上げた。

「さあ、そろそろ行きましょうか。
 ここはとても涼しくて気持ちがいいけれど、あたたかいところでくつろぐのも、素晴らしいことですものね。」

 女王に続いてその場を後にしながら、星の娘は振り返り、巨大な薔薇の木と、そのそばで眠る乙女の姿をもう一度見た。

 澄んだ光の中で、乙女の姿は確かに、とても平穏に見えた。

 涼しい空気はそよとも揺らがず、鳥の羽音や葉ずれの音ひとつせずに、何もかもが清澄で、静かだった。



【庭の王国への旅41に続く】


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