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庭の王国への旅 39

2015年11月10日 22:07

     *       *       *


 女王は無言のまま、星の娘を導き、足音が無数に反響する大広間を通り抜け、ぐるぐる回る螺旋階段を上がっていった。

 螺旋階段の手すりには、長い長い神話か伝説の風景が、まるで絵巻物のように彫り付けられていた。

 美しい花や、鳥や、戦いの様子を星の娘は熱心に眺めながらゆっくりと歩を進めていったので、ほとんど疲れたとも思わなかったが、その螺旋階段の高さはちょっとした塔の天辺に上ることができるほどもあった。

 やがて螺旋階段は終わり、黒い金属の枠にガラスをはめ込んだ巨大な扉の前で女王が待っていた。

 ガラスは極めて上質な水晶のように完全に透明で、その向こうにあるものがはっきりと見えた。

「ここが大温室。あの子は、ここが大好きだった。
 私もそうよ。一日中だってここにいられるわ。
 あなたも、きっとここが好きになるでしょう。さあ、入って。」

 女王が手を振ると扉はひとりでに大きく開き、少し湿り気を帯びた、涼やかな空気が流れだしてきた。

 ふたりの足元からは灰色の石畳の小路が続いており、その左右には、両側から覆い被さらんばかりに植物が生い茂っていた。

 女王が先に立ち、石畳を踏んで進むと、その隙間から生えているみずみずしいコケや小さなシダのたぐいが衣の裾に触れて、独特のにおいを発した。

 濃密な土と水のにおい、森のにおいだった。

 星の娘は、悪くない、心が落ち着くにおいだと思った。

 上を見上げると、緑の葉が重なった隙間、だいぶ高いところに、温室のガラスの天井がちらちらと光って見えた。

 やがて、石畳の小路は、池とぶつかった。

 右手から流れてきた小川が池をつくり、水の中では、鈍い銀色の小さな魚が群れをなして泳いでいた。

 だが、星の娘は魚たちのことなど、ほとんど見てもいなかった。

 彼女の目は、その先にあるもの、女王が彼女に見せようとしたものに吸いつけられてしまっていた。

「さあ。」

 女王が促し、星の娘のために道を譲った。

 星の娘は、魅入られたようにゆっくりと池の中へ踏み出していった。

 石畳は水辺で途切れていたが、水面とほとんど同じ高さに突き出した円柱形の飛び石があり、そこを踏んでいけるようになっているのだった。

 飛び石はよくあるようにほぼ一列に並んでいるのではなく、池のあちらこちらに不規則に配されていた。

 完璧な円形をした飛び石の上の面には、様々な物語を記した美しいレリーフが施されていたが、星の娘はそれを見もやらず、一歩、また一歩と飛び石の上を進んでいった。

 彼女の目の前には、一本の樹が生えていた――

 池の中から、すらりと姿よく幹が伸び上がり、枝ぶりも均整がとれた美しい樹が。

 その樹皮はなめらかで、金と、銀のまじり合ったような何ともいえぬ光沢があった。

 だが何よりも美しいのは、その葉だった。

 無数の葉は、すべて完璧な銀線細工でこしらえあげたような葉脈だけからなっており、空気のわずかな揺らぎにも震えて触れあい、リリ、ララ、とほんのかすかな、星の囁きのような美しい音をたてていた。

 ルビーの花芯と水晶の花弁がそこここでかすかに光を放ち、実はさくらんぼの粒ほどの大きさの真っ赤な宝玉だった。

「この樹は、あの子が一番気に入っていた樹なの。」

 星の娘の後ろから、樹がたてる音の邪魔をしないよう、吐息のような声で、女王が言った。

「地上にはない、世界で一番美しい樹。ここにあるひと株きりよ。
 でも大丈夫、この樹は何千年も生きるから。」

「では、陛下よりも長生きするのね。」

 星の娘が驚いて言うと、女王は笑ったようだった。

「あら、私だって、何千年も生きるわ。あるいはもっと。……あるいは、永遠に。
 だって、私たちは今ここにいるでしょう。
 一度、生まれたものは、無かったことにはならないの。永遠なのよ。」

 星の娘が黙っていると、女王はふわりと風のように星の娘のとなりをすり抜けて、樹のすぐ隣に立った。

 そして、ちょっと樹の幹を撫でて、

「さあ、行きましょう。」

 と、さらに奥へと続いている飛び石を踏んで歩いていった。

 星の娘は進み出て、女王が立っていたところに立ち、美しい樹を真下から見上げた。

 重なりあう枝と葉のあいだから、光が射してきて、まるで美しい音と一緒にきらめきの粒が降ってくるようだった。

 胸がすうっとするような香りがして、それがどうやらこの樹の花か果実の香りであるようだった。

 星の娘は手を伸ばして、樹の幹を撫で、その指先を鼻先に近づけてみた。

 花と果実の香りと近いけれども、少し苦みのある涼しい香りがした。

 この樹は確かに生きている、と星の娘は思った。

 そして、この樹はこれから何千年も先まで、あるいは世の終わりまで、変わらずにここに生えているのだと思うと、荘厳な気持ちになった。

 星の娘はもう一度、軽く樹皮を撫でると、女王のあとを追って奥の飛び石を踏んでいった。

 やがて無数のトウシンソウが辺りに生い茂ったと思うと、すぐに池はおしまいになり、星の娘は緑の芝におおわれた岸辺にたどり着いた。




【庭の王国への旅40へと続く】


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