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庭の王国への旅 38

2015年09月10日 21:02


       *       *        *


 それから二人は、長いこと湯に浸かってあたたまっていた。

 星の娘が、もうこれ以上は我慢できないと思うころになって、女王は立ち上がった。

「そろそろ、あがりましょうか。」

 星の娘は多少ふらつきながら立ち上がって、女王のあとに続き、少しぬるめの湯が高いところから注がれている場所へ行った。

 その下には大きな貝殻のかたちをした器が据えてあって、そこに入った湯は四方へ広がり、無数の雨粒のように降り注いでいた。

 女王と星の娘はそこで頭から水を浴びて汗を流した。

 女王のすすめで、星の娘は髪を編み上げていたリボンを全部ほどき、銀色の長い髪が湯に洗われるにまかせた。

 女王は再び身ぶりだけで星の娘を促すと、はだしで白い床を踏み、浴場の隅のほうへ歩いていった。

「あの、あたくし、あちらに服を置いてきておりますの。」

「大丈夫よ。」

 女王は悠揚せまらぬ調子でそう答え、歩みを止めなかった。

 浴場のすみには色とりどりのタイルの敷き詰められた場所があり、そこにふたり分の身支度が用意されていた。

 ふたりはやわらかな布を手に取り、心ゆくまで時間をかけて長い髪から水気をとり、丁寧にくしけずり、仕上げに薄い布を頭に巻いた。

 ゆるやかな衣を帯でとめ、やわらかい布の靴をはくころには、星の娘もこれ以上なくくつろいだ気持ちになっていた。

 だが、彼女はふと大切なことを思い出し、自分がそのことを今まで忘れていたということに驚いた。

「あら、陛下。あたくし、おじいさま――あたくしの連れのこと、すっかり忘れていましたわ。
 あたくしたち、髪をかわかすのにずいぶんひまを取りましたから、連れはあたくしのこと、もうずいぶん待っていると思いますわ。」

「大丈夫よ。」

 女王は、先ほどと同じ調子で答えた。

「さあ、私たちは、お庭に涼みに行きましょう。」

 そう言って、女王はゆったりと歩きはじめた。

 歩くたびに、湯上りの肌にやわらかな衣が触れ、星の娘それをとても心地好いと感じた。

 城の内部は本当に驚くべき広大さで、女王と星の娘は、果てが見えぬほど長い壮麗な大回廊や、美しく荘厳されたいくつもの部屋を次々と通り過ぎた。

 そのどこにも、人の気配はまるでなかった。

 どの部屋も廊下も明るく、完璧な美しさを保っているために廃墟のようではなかったが、まるで、人の暮らす場所ではなく、訪問者も職員もみな帰ってしまったあとの美術館のような雰囲気だった。

「あら。」

 星の娘は、思わず声を上げて足を留めた。

 彼女たちは今、左側の壁面がみなガラス窓になった、ゆるやかに右にカーブする廊下を歩いていた。

 ガラス窓の向こうには青い空だけが広がっており、この場所はいったいどれほど高いのか、眼下には雲海が広がっているだけだったが、星の娘の注意を引いたものはその景色ではなかった。

 右手のクリーム色の壁には、先ほどからずっと等間隔に両開きの木の扉がついていたが、そのうちのひとつが開いていて、中の様子が見えたのだ。

 そこは、巨大な図書館の内部を見おろす最上部の回廊の入り口だった。

 星の娘は、思わず中に踏み込んでいった。

 遥か下に見える一番下の階の中央に、円形の広場のような空間があり、その上は全部吹き抜けになっていた。

 その上に何層にもわたって、放射状に書架が並ぶ環状の階層があり、星の娘が見おろす一番上の回廊のすぐ頭上は、ラピスラズリの青色をしたドーム型の天井になっていた。

 そこには、金の線で天体の運行の軌跡が描かれ、ひとつひとつの星々には鈍く光る宝石ははめ込まれていた。

「陛下は、素晴らしい図書館をお持ちなのですわね!」

「でも、ここにあるほとんどの本のページは、まだ白いままなの。」

「えっ?」

 星の娘は思わず、となりに立った女王の顔をまじまじと見た。

 女王は穏やかに微笑んでいた。

「そう、この何十万冊もの本のうちの、何冊かが、ようやく埋まったというところ。
 あとはみな、まだ白紙なの。
 あの子が文字にしなければ、他に誰もしないのだから、それも当たり前のことね。」

「では……この図書館は、白紙の本をたくさん用意してあるだけの場所ということですの?
 本を――ふつうの物語や知識の本を、置いたりはなさらないのですか?」

「あの子は、ここでは、本を読まないもの。
 本を読むのは、外の世界ですること。
 自分自身がつくり出す物語の中で、よその人が書いた物語を読むなんて、おかしなことでしょう?」

「では……」

 星の娘は、何度も言いかけては、口を閉じ、気を落ち着けるように何度も息をついてから、やっと言った。

「ここが……ここの、何もかも……陛下や、あたくしたち、みんな……」

「あら。」

 女王が不意に言って、回廊の手すりから身を乗り出し、下の方を指さした。

「あそこにいたわね。ご覧なさい。」

 ふたりがいるところから数層、下った回廊のひとつで、書架の側に置かれた黒いテーブルに向き合って座り、ふたりの男――老人と、仮面の男が、チェスのようなゲームに興じていた。

 はじめに見下ろしたときは、その広さに圧倒されたのと、ふたりが魚を狙う鳥のようにじっと動かずにいたために、その姿が目に留まらなかったのだ。

 仮面の男がすっと手を伸ばして一手をさし、再び、椅子に深くかける姿勢に戻った。

 老人は心持ち身を乗り出して顎に手をやり、じっと盤上を見つめていたが、しばらくして、思い切ったような動作で一手をさした。

 それから、ふたりはまた動かなくなった。

「さあ、私たちは、お庭に行きましょう。」

 女王がゆったりと衣のすそをさばいてきびすを返し、星の娘も、振り返り振り返りしながら、図書館を後にした。




【庭の王国への旅39へと続く】


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