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庭の王国への旅 37

2015年09月08日 20:57


            *          *         *


 星の娘は、女王の招きに応じることにした。

 水色の湯からあがり、薄紫の湯が流れ落ちてくる白い階段を、一歩一歩、注意深くのぼっていった。

「どうぞ、お入りなさい。」

 女王は翡翠色の湯に満たされた浴槽のふちに両腕を預け、後ろに頭をもたせかけて、ゆったりとくつろいでいた。

 間近に見る女王は堂々たる長身で、その胸元や腰つきの豊かさは、とても星の娘の及ぶところではなかった。

 星の娘は慎ましく一礼して、女王と同じ湯船に浸かった。

 下の湯は爽やかなにおいがしたが、ここの湯の香りは、もっと柔らかく、懐かしく――どこか、母親を思い出させる、と星の娘は思った。

 女王は何も言わず、美しい青い目を天井のほうに向けていた。

 その視線の先を追うと、天井の最も高くなったところに天窓があって、湯気のためにぼやけてはいるが、青い空が見えた。

「あの、陛下。」

 女王があまりにもくつろいでいるふうなので、星の娘は、遠慮がちに声をあげた。

「お訊ね申し上げたいことがあるのですけれど、よろしいでしょうか?」

「いいわ。」

 女王は、天窓の向こうの空に目を向けたままで答えた。

 その口調は、先ほどまでと違い、まるで気の置けない友人か家族とでもいるような調子になっていた。

「では、お訊ねしますわ。ここは、薔薇の城の内部なのでしょうか?」

「ええ。」

「この、広い浴場の、全てが?」

「ええ。」

「あたくしたちが通ってきた、あの不思議なトンネル――
 ボートに乗って通ってきたトンネルも、ずっと、薔薇の城の中を通っていたのでしょうか?」

「ええ。」

「でも――」

 星の娘は、思わず手を振り、あのとき目にした広大な星空、そこに広がっていたオーロラのことを伝えようとした。

 そこでようやく、女王はゆっくりとこちらに目を向け、微笑んだ。

「この城は、外から見ると、とても大きな、一本の薔薇の木なの。
 でも、内側は、外から見た姿よりもさらに……いいえ、遥かに、広く、深くできているの。
 人間の心と同じよ。
 どんなに小さな子供の心だって、限りない広がりと、深さを持っているでしょう。
 でも、外からは見えない。」

「薔薇の木の中に、こんな――」

 星の娘は、敬意を込めてあたりを見回し、浴槽のふちに施された素晴らしい彫刻や、噴水や、アーチ型の門や水道橋の美しさを讃えた。

「陛下は、よほど腕のいい職人たちを抱えていらっしゃいますのね。」

 女王はあいまいに微笑んだ。

 何か間違ったことを言っただろうか、と星の娘が思っていると、女王はまた顔を天窓に向けて、遠くを眺めるような表情になった。

「この城はね、みんな、物語の力でできているの。
 一本一本の柱も、細密な彫刻も、どれもすべて。
 それを言うなら、この王国に存在するもののすべてが、そうなのだけれど。
 みんな、あの子がつくって、残していったのよ。」

 あの子というのが誰のことなのか、もちろん、星の娘には分かった。

「アウローラさん……?」

「そんな名前だったかもしれないわ。
 私たちは、名前で呼び合ったことはなかったから、分からないけれど。」

「では、何と呼び合っていらっしゃったのですか?」

「何も。私たち、お互いに呼びかけたことはなかったわ。
 話したこともなかった。」

「えっ?」

 星の娘が声をあげると、女王はまたこちらに目を向けて、微笑んだ。

「だって、私たちは、同じものだもの。
 自分がもうひとりいるようなものよ。
 あなたは、声に出して自分自身に呼びかけたり、話しかけたりするかしら?」

 驚いてかぶりを振りながら、星の娘は、たちまちもうひとつの疑問が湧き上がるのを抑えられなかった。

「では……あの、失礼ながら、この国にはこれまでに三人の女王が存在したと聞いておりますわ。
 一番目がアウローラさん、二番目が陛下……
 そして、三番目の、薔薇の女神と呼ばれていらっしゃる方も、陛下と同じような存在なのでしょうか?」

「いいえ、彼女は、私のようではないわ。
 あなたがアウローラさんと呼んでいる人間の少女と私とは、とても近いけれど、彼女は遠い。
 それに彼女は、薔薇の花が咲いているとき以外はずっと眠っているし、花が咲いて目を覚ませば、すぐに玉座の間にのぼっていって王国の様子を眺めるので、城の中で私たちと顔を合わせることはめったにないの。」

 星の娘は、女王の言っていることをすべて理解できたわけではなかったが、それ以上の質問を加えることはなかった。

「まあ、そんなことはいいでしょう。」

 女王はそう言って、湯の中で大きく伸びをした。

「ここは、くつろぐための場所。
 難しいことを話し合ったり、考えたりすることはないわ。
 ああ、お湯に浸かってこんなふうに体を伸ばしていると、なんて気持ちがいいのかしら。」



【庭の王国への旅38へと続く】


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