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庭の王国への旅 35

2015年08月27日 22:28

       *       *       *


 だが、やがて雲が出てきて、広大な星の海は隠されてしまった。

 ちゃぷちゃぷと船板を洗う波の音が、急に大きく聞こえはじめて、星の娘は不安にかられた。

 今や、星々を隠した雲は水面すれすれまで垂れてきて、濃い霧になり、辺り一面を包んでしまっていた。

 このボートは、どこへ向かっているのだろう?

 もう、何時間も乗り続けているような気がした。

 目の前は灰色の霧で、他には何も見えない。

 今、このボートは大海原の真ん中を漂流しているのか、それとも、あの細いトンネルの中をまっすぐに流されているのだろうか――?

「おじいさま。」

 星の娘は、小さな声で呼んでみた。返事はなかった。

 もっと大きな声で叫ぼうと心に決め、思い切り息を吸い込んだところで、突然、目の前にまばゆい光が満ちた。

 星の娘は一瞬ひるんで目を閉じ、しかし次の瞬間には思い切って目を開いた。

 はじめに見えたのは、高いドーム型の天井を飾る壮麗なモザイク模様と、そこから伸びている太く優雅な白い円柱の数々だった。

 星の娘は目を瞬き、それからすぐに、白い花々の上に手をついて起き上がった。

 そこは一面があたたかな乳白色の石で造られた巨大な部屋で、ほとんど屋内にある広場といってもいいほどの広さがあった。

 ボートが流されてきたのは、その床をゆるやかにカーブして通る何本もの水路のうちのひと筋だった。

 あたりには何本もの太い円柱が立ち、そのあいだのところどころには、白い薄布が舞台の緞帳のようにかかっていた。

 星の娘は驚いて辺りを眺め回していたが、すぐに慌てて上体を伏せた。

 ボートが小さな太鼓橋の下を通り抜けたからだ。

 通り過ぎるときに一瞬だけ見えた橋の下の面は、赤地に金で描かれた素晴らしい蔓草模様で埋め尽くされていた。

 橋を過ぎてから、振り向いてもっとよく見ようとしたとき、星の娘を呼んでいる声が聞こえた。

「アストライアくん! ここじゃ。」

 ボートは流れに運ばれ、大きな池のような場所に着いた。

 そのふちに老人が立ち、大きく手を振っていた。

「そのまま、じっとしておればよい。勝手にこちらへ流されてくるから……」

 幾筋もの流れがひとつにまとまり、また枝分かれして流れ出てゆくその池には、複雑な渦を巻く流れができているようで、星の娘が乗ったボートはひとりでに老人がいる岸辺へと押し流されていった。

「おじいさま、手を!」

「そうら……もう少しこっちへ……ようし! つかまえた。」

 星の娘は老人に手を引っ張ってもらい、無事に池のほとりに立つことができた。

 白い花ばかりを乗せたボートは、しばらくはゆらゆらと水面を漂っていたが、すぐに流れに乗り、たくさんの水路のうちのひと筋に入って、見えなくなった。

 星の娘と老人は並んで立ち、あたりの不思議な様子を眺めた。

 床も柱も乳白色の石でできた広大な部屋に、まるで網の目のように水路がはりめぐらされているのだ。

 水路と水路のあいだには、島のようになった場所があり、高くなっているところと低いところとがあった。

 それらの島をつなぐように、あちらこちらに無数の橋がかかっていた。

 それらの橋も、全て乳白色の石でできていたが、その欄干の意匠は、見てとれる範囲の限りではひとつとして同じものがないようだった。

 ぶどうの房と葉をかたどったものもあれば、飛ぶ鳥たちや、駆ける獣たち、人、竜、炎や水をあらわしたものもあった。

「ここの石は、どこも、まるで奥に小さな灯がともっているようじゃな。」

 老人が呟いた。

 確かに、何もかもが石造りであるのに冷たさを感じないのは、乳白色の色合いの、何ともいえぬあたたかさのために違いなかった。

 星の娘は、近くの橋にのぼってみた。

 半分ほど渡ったところで立ち止まり、欄干に――そこには輝く月と星の意匠がほどこされていた――手を触れてみた。

 すると、わずかなぬくもりを感じるような気がした。

 見た目から受ける印象というのではなく、実際に、ほんの少しあたたかいのだ。

 星の娘がそのことを言おうとしたとき、橋の下を流れる川にのって、一艘のボートがあらわれた。

「お待たせいたしました。」

 仮面の男は、ボートが池にたどり着く前に急いで立ち上がり、転びそうになりながら岸に上がった。

 何もそんなに慌てる必要ありませんわ、と星の娘が言うよりも先に、

「さあ、どうぞ、こちらです。」

 と仮面の男は腕で示し、先に立って歩き始めた。

 欄干の精緻な細工に驚嘆しながらいくつもの橋を渡るうちに、星の娘は、手で触れる欄干が明らかにあたたかくなってきていることに気付いた。

 それだけではなく、進むにつれて、空気までもが暖かくなり、あたりに湯気が漂いはじめた。

 その湯気には、何ともゆったりとした、心の安らぐようなにおいがまじっていた。

「温泉ですかな?」

 老人が驚いたように言ったが、星の娘は、それがどういうものなのか知らなかった。

「はい。」

 仮面の男は歩きながら頷いたが、老人は少しも納得がいった様子ではなかった。

「わしらは、これから、二の女王陛下にお目にかかるのではありませんでしたかな?」

「その通りです。」

 仮面の男は、また頷いて言った。

「ここまでの長い旅路で、さぞお疲れになったことでしょう。
 二の女王陛下が、浴場でお待ちでいらっしゃいます。
 ゆったりとお湯をお使いになり、旅の疲れを取りながら、心ゆくまで陛下とお話しいただきたく存じます。」

「いや、それは、いかん。」

 老人は、慌ててかぶりを振った。

「この通りの年寄りとはいえ、わしは、男ですからな。
 女の方と一緒に風呂に入るなどということはできません。」



【庭の王国への旅36へと続く】


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