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庭の王国への旅 ⑮

2015年02月26日 22:59


    
       *                 *


 そう話し合っているうちに、ふたりは林の中を通り抜け、オニユリの畑のところまで出てきた。

 野菜が植えられている場所を踏まないように注意深く歩いて〈石段〉の出入口の側を通り過ぎ、崖のふちのところまで進み出ると、眼下にはごうごうと音を立てる〈流れたり流れなかったりする川〉があった。

「ああ、今は、流れているときですわね。
 あそこに、大がえるのゲールさんが座っていますわ。」

 星の娘はそう言って、向こう岸に戻った大がえるの姿に手を振ったが、大がえるはじっと座ったまま、何の反応も見せなかった。

「番人の男の子はどこかしら。小屋の中で休憩中かしら――
 まあ、ヘリオスのおじいさま、あれ!」

 星の娘は急に目を丸くして、斜め上の方を指差した。

 それは川を渡り、草原を越えた先、ロスコーの森の方だった。

 そこには森の緑から抜きんでて高くそびえる大樹の姿があったが、まるで緑の大屋根のように広がったその梢のあいだに、きらきらと光る金色の温室のようなものがあるのを彼女は見たのだった。

 その建造物は、ここまで遠ざからなければ見ることができないほど、大樹の遥か上のほうに築かれていた。

「いったい、何でしょう?
 あんな巨大な樹の上に建物があるなんて、本当に不思議なことですわ!」

「あれはな、庭の王国の天文台じゃよ。歳とった天文学者が住んでおる。
 ここからでは茂った葉に隠れて見えんが、その少し下には、王国軍の見張り台があるはずじゃ。
 あの大樹に天文台と見張り台を建設するにあたって、天文学者と王国軍の連中はひどくもめたという話じゃよ。
 つまり、どちらが、より高いところに陣取るかという問題でな。」

「まあ。それでは、天文学者さんが言い勝ったということですの?」

「彼はこう言ったそうじゃよ。
 『わしは星々の動きを見張る。
 あんたがたは王国の敵の動きを見張る。
 わしのほうが、ずっと高いところを見張らねばならんのじゃ!』
 ――この一言で、みな納得し、天文台のほうが上に設けられることになったそうじゃ。」

「確かに。」星の娘は頷いた。「とても理にかなっていますわ。」

 星の娘はもう一度、興味深く天文台のきらめきを眺めた。

 そうしているうちに、彼女は、やや下の方にもうひとつ不思議なものがあるのを見つけた。

 はじめは、それが老人の言った〈見張り台〉だろうかと思ったのだが、どうもそうは見えなかった。

 とても遠くにあるそれをよく見ようと、星の娘は目を細めた。

 それは、どうも、一軒の小屋のように見えた――

 何もない空中に、小屋が浮いている、などということがあるとすればだが。

「おじいさま?」星の娘は、自分の見ているものに自信が持てず、いくらかあやふやな調子で言った。「あれは――」

 だが、次の瞬間、彼女は言葉の続きを飲み込んでしまった。

 遠い視線の先で、宙に浮かんだ小屋の扉が急に開き、そこに、黒い影のようなものが見えたと思うが早いか、その影がぱっと空中に飛び出したからだ。

 あっと言う間も、目を覆う間もなかった。

 だが、そのおかげで星の娘は驚くべき光景をその目で見る機会を失くさずにすんだ。

 黒い影は石のように空中を落下し、その半ばで、突然重力の糸から解き放たれたように、ひゅうっと舞い上がったのだ。

 目と口とを丸く開けて星の娘が見守るうちに、黒い影はきりきりときりもみ回転をしながら宙に8の字を描き、それから、弾丸のようにこちらにすっ飛んできた。

 それがどうやら人間の姿をしている、と星の娘が見てとったときには、

「どけ、どけーっ!」

 乱暴な怒鳴り声と共に人影が突っ込んできて、ざあっと畑の土の上を滑るように着地した。

 星の娘はとっさに腕をあげて顔をかばったが、体じゅうに土と、ちぎれとんだ野菜の葉の切れ端を浴びるはめになった。

「まあ! なんてこと。」

 腕を下ろした星の娘は、思わず叫んだ。

「オニユリさんの畑がめちゃくちゃ!」

「うるさい! 何だよ、おまえら?
 おまえらがそんなところに、ぼうっと突っ立ってるから、もう少しでぶつかりそうになったじゃないか! 謝れ!」

 いきなりそう怒鳴ったのは、空中から飛び込んできた人物だった。

 見れば、それはオニユリとほとんど歳が変わらないような娘で、手に真っ黒な長い杖を持っていた。
 
 彼女は、それにまたがって飛んできたのだ。

 彼女は袖のない黒い衣を着、両腕にたくさんの金の輪をはめていた。

 きつい顔立ちを取り巻くように、じゃらじゃらと金の耳環や首飾りをつけ、高い位置でひとつにくくった黒髪にも、金の飾りがつけてあった。

「そうですわ、あたくしたち、ただここに立っていましたの。
 そちらが、いきなり、暴走牛みたいに突っ込んでいらっしゃったのよ。」

 星の娘は、きっとして言った。

「ですから、謝るとすれば、そちらからじゃありません?」

「うるさい! おまえら、何だよ?」

 黒い衣の娘は、地団駄を踏むようにして叫んだ。

「あたしは、オニユリに伝えることがあって来たんだ。
 おまえらなんかに用はないんだよ!」

「こちらこそ、あなたみたいに礼儀のなってない方に用なんかありませんわ。
 いきなり飛び込んできておいて、人を怒鳴りつけるなんて、なんて不躾なんでしょう!」

 星の娘がそう叫び返すと、黒い衣の娘は顔を真っ赤にして口を開け閉めした。

「こっ、おっ……おまえらなんか、あたしの魔法で、はげちょろけのカラスに変えてやる!
 あたしは、魔女なんだぞ! 謝るなら、今のうちだぞ!」

「ああ。」それまで黙っていた老人が、急にぽんと手を叩いて言った。

「では、あなたが、鳥の魔女といわれているお人じゃな?
 杖にまたがって空を飛び、その速いことは、どんな翼の強い鳥にも負けぬと。」

「そ、そうだ!」

 黒い衣の魔女は、勝ち誇ったように叫んだ。

「あたしが、鳥の魔女だ。
 あたしに逆らうと、はげちょろけのカラスに変えちまうぞ!」

星の娘は、いくらかひるんだが、老人はにこにこしたままだった。

「はて、あなたの魔法は、空を飛ぶことだけと聞いておりますがのう。
 ものの姿を変えることは、専門外ではありませんかな?」

 黒い衣の魔女は、ぐっと言葉に詰まり、顔を青くしたり赤くしたりした。

「もちろん、そのぶん、空を飛ぶことにかけては王国一の腕前。」

 老人は穏やかに言葉を続けた。

「ですから、御自身の持つ力にふさわしく、そのように慌てて物を言ったりなさらずに、悠然と構えておかれるのがよろしかろう。
 砂漠の魔女どのも、きっと――」

「お、お、お、おまえ。」

 その名を聞いた瞬間に、鳥の魔女はあっという間に真っ蒼になった。

「あの人を知ってるのか!」

 魔女は急に、気の毒なほど慌てふためいて後退り、杖にまたがって逃げ出そうとした。

「待って!」星の娘は思わず叫んだ。「オニユリさんに、伝えることがあったのではなくて?」

「――明日、東風が来るっ!」

 それだけ叫んだ時には、鳥の魔女の姿はもう、突風に吹き飛ばされた枯葉のように遠ざかっていた。

 星の娘は、鳥の魔女が豆粒ほどの大きさになるまで一直線に飛び、彼女の小屋に逃げ戻って、急いで扉を閉めてしまうまで、呆れて見送っていた。

「なんて、おかしな娘でしょう!」

 星の娘は、ようやく言った。

「急に来て、文句を言ったかと思ったら、もう行ってしまいましたわ。
 砂漠の魔女の名が出た途端に、とても怖がっていたけれど、なぜかしら。
 それに、明日、東風が来るって、何のことかしら?」

「おーい!」

 そこへ、ちょうどよくオニユリが走ってきた。

 星の娘が、つい今しがたの出来事をすっかり話して聞かせると、オニユリは大笑いした。

 乱暴な着陸で野菜畑の一角が荒らされたことも、大して気にしていないようだった。

「あいつらしいよ! あのクローテは、王国で一番若い魔女なんだ。
 魔女には珍しく、見た目のままの歳で、あたしと同じくらいだよ。
 あいつは、初めて会った人と話すのがすごく苦手だからさ。
 思いがけずあんたたちと出くわして、恥ずかしかったんだな、きっと。」

「砂漠の魔女さんのことを、ひどく怖がっていましたわ。」

「だって、あの人は、クローテの大師匠だからさ。
 ――そうだ、あいつが来たってことは、あたしに何か用事があったはずだよ。
 何か言ってなかったか?」

「『明日、東風が来る』って。」

 星の娘がそう言うと、オニユリの顔がぱっと輝いた。

「そうか! あいつの風読みは、間違ったためしがないんだ。
 なら、明日には、あの人たちが帰ってくるぞ!」

「誰ですかな?」「どなたですの?」

 ふたりは同時に訊いた。

「翼の騎士たちさ!」

 オニユリは今から待ちきれないというように、そう叫んだ。



【庭の王国への旅⑯へと続く】
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庭の王国への旅 ⑭

2015年02月22日 13:09



         *              *


「あの。」鍋からおいしそうな匂いが漂い始める頃になって、星の娘は勇気を奮い起こし、焚火の炎を見つめながら旅人に話しかけた。

「あなたは、これからどこかへ行かれますの?」

 旅人は星の娘に顔を向けたようだったが、星の娘は炎に目を向けたままだった。

 その頬が少し赤いのは、炎の色を映したせいばかりではなかった。

 彼女がこれまでいた場所では、半分はだかになった若い男の姿を目にする機会など皆無だったのだ。

「俺は旅人だ。気の向くままに旅をしている。
 目的地はない。ただ、あちこちを気楽に歩き回るだけだ。」

 と旅人は答えた。

「あんたたちは、ここから、どこへ?」

「あたくしたちも似たようなものですわ。目的地は決まっていませんの。
 ただ、この国のあちこちを見て回りたくて。
 この国がどんなだったか、戻ったら、伝えたい人がいるのです――」

「では、あんたたちも、外から来たのか。」

 旅人がそう言ったとき、星の娘は非常に驚いたのだが、意志の力でそれを抑えつけ、曖昧に微笑んだだけで何も答えなかった。

 旅人はしばらく答えを待つように黙っていたが、やがて炎に目を向け、そのまま何も喋らなかった。

「――なあ! あんたたち、よかったら今晩はうちに泊まっていかないか。」

 両手に大きなミトンをはめて鍋をかまどから下ろしたオニユリが言った。

「歩きの旅はくたびれるだろ。ゆっくり体を休めていきなよ。
 飯もただで出すよ! 助かったお祝いだからね。
 兄貴が出発しちまったのは残念だったけど、帰りにまた来るって言ってたから、まあいいや。
 どうだい、あんた?」

「ありがたく招きを受けよう。」

 旅人はそう答えて、脱いだ靴の反対側を炎に向けた。

「あんたたちは?」 オニユリがにこにこして言った。

 星の娘と老人は顔を見合わせ、

「ご迷惑でないのでしたら。」

「よろしければ、ぜひ。」

 と口々に答えた。

「そうかい、よし、それじゃ早速、支度をしてくるよ。」

 オニユリはもうかまどの中の炭を灰にうずめて、どこかへ走っていきそうなそぶりを見せた。

「あの。」星の娘は慌てて声をかけた。

「あたくし、何か、お手伝いしましょうか?」

「いい、いい! くつろいでてくれ。
 でなきゃ、そのへんを散歩でもしていておくれ。
 お茶の残りがそこのやかんに入ってるから、喉が渇いたら、ご自由に。
 用意ができたら呼ぶからね!」

 そしてオニユリはつむじ風のようにスカートをひるがえして、店の裏手のほうへ走っていってしまった。

「さて――」老人が空になったカップをテーブルに置いて、立ち上がった。

「それでは、ちょっと散歩にでも出てみようかのう。」

 老人はそう言いながら、ちらっと旅人のほうに視線を投げ、それから星の娘に目配せを送った。

「あたくし、ご一緒しますわ。」

 星の娘も慌てて立ち上がった。

 老人は、もと来た〈石段〉の方に向かってゆっくりと歩き出しながら、「ではまた後ほど。」と旅人に挨拶を送り、旅人はかすかに首を動かして応じた。

「――おじいさま、あの方、こう言いましたわ! 『あんたたちも、外から来たのか』って。」

 声が届かないあたりまで遠ざかったと見るや、星の娘は急き込んで言った。

「あの方も、どこかのターミナルから時空跳躍してきたというのかしら?」

「いいや、そうではない。」老人は言った。

「彼は、この時空の生まれじゃよ。
 アウローラさんと妹さんが『旅人』と呼んでおった男じゃ。
 彼の祖国は、わしらがはじめにくぐってきた王国の門の外にある。
 サボテンばかり生えておる、自然環境の厳しい国じゃが、かの国の人々はそれだけ鍛えられ、どんな危難に遭っても打ちのめされず、落ち着いて立ち向かうことができるのじゃ。」

 星の娘は、迫り来る水を前に悠然と立っていた彼の姿を思い出した。

「それに、彼らの国では特別な繊維が取れる。
 険しい崖の斜面にしか生えぬ〈風の木〉という樹木から取れるものでな、その繊維を撚った糸で織りなした衣服は、見る者の目をくらまし、着た者の姿を見えなくすることができるという。
 また〈風の木〉から木材を取り、彼ら秘伝の加工をすれば、その板は水だけでなく空気にも浮かぶようになり、彼らはそれで〈飛ぶ船〉を造る――」

「そういえば、聞いたことがありますわ!」

 星の娘は思わず叫んだ。

「王国大戦争のとき、庭の王国への援軍として送られてきたのが〈飛ぶ船〉の艦隊でしたわね。
 待って。それでは、あの方――」

「その通り。彼が、その国の王子じゃ。」

 老人はいたずらっぽく笑いながら言った。

「わしはまた、アストライアくんは、いったい、いつになったら気がつくのじゃろうかと思っとった。」

「まあ、あたくし――ちっとも。」

 星の娘は、少し顔を赤くした。

「だってあの方、少しも王子らしいところがないのですもの。
 人前で平気で服を脱いだりなさって。」

「あれじゃよ、ほれ、ひとつの指輪をめぐる地上の名高い物語にもあるじゃろう。
 『剣はすべて光るとは限らぬ、』とな。」

「『放浪する者すべてが、迷う者ではない。』
 なるほど、本当に、そういうことでしたのね。」



【庭の王国への旅⑮へと続く】

庭の王国への旅 ⑬

2015年02月17日 21:26


         *         *


 星の娘はすっかりどぎまぎとして目を逸らした。

 旅人は上半身はだかになり、長い腕や引き締まった胸板をさらすと、脱いだ服をしぼって広げ、物干し竿にかけた。

 彼は少し考えて、炎の側に長椅子のひとつを引っ張ってくると、そこに腰かけて靴を脱ぎ、火の粉がかからない辺りに置いた。

 それから長い足をうんと炎のほうに伸ばし、穿いているものを乾かそうとしはじめた。

「悪いね、着替えられるようなものが何もなくてさ。」

 オニユリがすまなそうにかまどの前から言うと、旅人は気にするなというようにちょっと手を振った。

 オニユリはぐらぐらと煮え立ったやかんのふたをとり、長いスプーンを突っ込んでちょっとお茶の味をみると、ひとつうなずいて、側のかごに入れてあった赤い実を取った。

 そして小さなナイフで赤い実の皮を巧みに削り、それをお茶の中に落としていった。

「このお茶屋の名物《元気が出るお茶》ですな。」と老人が言った。

「一度、飲んでみたいと思っておりましたのじゃ。」

 ほのかに甘酸っぱい、どこかぴりっとした刺激のある香りが漂い始めた。

「この香り――」星の娘は思わず言った。「砂漠でいただいたお茶と、同じ香りだわ。」

「何だって?」

 オニユリが急に振り向いたので、星の娘は口を押さえた。

 ここの名物だというお茶が、よそのものと同じだなどと、口に出して言うべきではなかったと思い至ったのだ。

「まあ、ごめんなさい。あたくし、そんなつもりじゃありませんでしたの――」

「あんた、あの人に会ったのかい?」オニユリは、勢い込んで言った。

 ちっとも、怒っている様子はなかった。

「あの人――砂漠の魔女に?
 あの人は、あたしのばあちゃんの師匠なんだよ。
 いや、魔法のじゃない、薬草を使いこなす技のさ。
 ばあちゃんがまだ娘だった頃に、ついて習っていた人だよ。
 あたしも会ったことがあるけど、ばあちゃんに聞いたら、その頃とちっとも姿が変わっていなかったって。
 今でも、あの人はきれいだったかい? もう、長いこと会っていないよ。」

「ええ。」

 星の娘は頷きながら、老人の『魔女が生きてきた時間の長さは、その姿からは、はかれぬものじゃ。』という言葉を思い出していた。

「黒い服を着て、金の輪を腕にはめていらっしゃったわ。
 そんなに長く生きていらっしゃるなんて、とても思えないほど、おきれいな方だった。」

「そう。」

 オニユリは嬉しそうに笑って、お客たちの前にカップを並べ、ひとりひとりにお茶を注いで回った。

 そのお茶は、いくらか茶色がかった紅色で、あの不思議な魔女の家で飲んだお茶と、香りが本当によく似ていた。

「このお茶の淹れ方は、ばあちゃんから習ったんだ。ばあちゃんは、それを砂漠の魔女から習った。
 赤い実を使うことが肝心なんだ、こいつが、味と効き目の決め手だよ。」

 オニユリがそう説明し、自分でもカップになみなみと注ぐと、「どうぞ。」と皆にすすめて、自分も一口すすった。

 星の娘はカップを手に取り、ふうふうと吹いて少しさましてから、お茶をひとくち飲んだ。

 魔女のお茶は、よく冷えていて爽やかだったが、こちらは熱々で、甘みが強く、飲み下すとまるでぽっぽっと体の中から光と熱が発し、力が湧いてくるような感じがした。

「とても美味しいわ。」

「冷えた身体が温まるのう。」

 星の娘と老人は、かわるがわるそう言って、ふうふう吹きながら小分けにしてお茶を飲んだ。

 川を渡ったり〈石段〉を登ったりして、すっかりこわばってしまった脚や手が、じんわりとほぐれてゆくのが感じられた。

 旅人も両手でカップを包み、黙ってお茶を飲んでいた。

 騎士は、母子と静かに話をしていたが、やがて空になったカップを持って立ち上がり、オニユリのところに歩いていった。

「ありがとう、温まった。――オニユリ、俺たちはそろそろ行く。」

「えっ。」とオニユリは驚いて振り返った。

「兄貴は晩飯までいると思ってたよ。」

「うん、そうしたいのはやまやまだが、あの母子を村に送っていってやりたいのでな。
 村に入るなら、日暮れまでのほうが都合がいいだろう。
 俺はそのまま、第二軍病院まで行く。戦友の見舞いにな。」

「そうか。」オニユリは頷くと、「ちょっと待ってな。」と言い、大きな壺のひとつを開けて、中から何やらすくい出し、小さな袋に入れた。

「ほら、これ、道中のおやつの豆だよ。稲妻にも少し分けてやってよ。」

「ああ、ありがとう。帰りにはまた寄る。
 軍病院で、いい薬草が手に入りそうなら、貰ってきてやるからな。」

「どうも。」

 オニユリはもう平気な顔でひらっと手を振り、かまどにかけてある大きな鍋の中身の具合を見に行った。

 母親がもう眠りかけている幼い娘を背負い、騎士は男の子を稲妻の背に乗せて、手綱を引いた。

「皆さん、本当にお世話になりました。ありがとうございました。」

 母親が言って深々と頭を下げたので、星の娘と老人と旅人も立ち上がってお辞儀を返した。

 そうして母子と稲妻と騎士は北の方に行ってしまった。

 三人はまた座ってお茶を飲み、オニユリはぐつぐつ煮えてきた鍋の中身をかき回し、ときどき味をみた。



【庭の王国への旅⑭へと続く】

山頂への道 ~雪の金剛山~ +拍手返信

2015年02月14日 18:49

ヘリオス「よう、皆、久しぶりだな。今回は、金/剛/山行きのレポートだぜ!」

アウローラ「金/剛/山は、大阪と奈良の県境にある山で、標高は1100mちょっと。
 大阪で一番高い山です!
 わたくしは高校の冬山登山以来、すごく久々の金/剛/山でした」

ヘ「今回の仲間はオレとアウローラさん、いつものジェイ先輩、そして岩/湧/山以来のミーシャ先輩だ。
 登山口まで、ミーシャ先輩の車で送ってもらえて、助かったぜ!」

DSCF4466.jpg

ア「登山口からしばらくのあいだは、土の道でしたが、やがて一面がカチカチの雪道に……」

へ「大勢の登山客が行き交う道だからな。
 踏み固められてるし、溶けては凍って……を繰り返して、けっこうツルツルになってたよなぁ」

ア「軽アイゼンを着けることで、安全に登ることができました。
 逆に言うと、アイゼン無しでは絶対にコケると思って間違いない道!
 最初、ちょっとだけアイゼン無しで歩いてみたのですが、危なっかしくて動きはゆっくりになるし、ムダに疲れるしで、全然ダメでした(汗)
『毎日登山』をする人もいるくらい親しみのある山ですが、安全のための装備はしっかり用意しておきましょう!」

DSCF4482.jpg

へ「雪山でジャケットを脱いで、セーター姿のアウローラさんの図。
 高校時代は、半袖で登ってたんだってな……?」

ア「まだ、山登りのの字さえも知らない頃でしたからね……
 後の『冷え』のリスクなど考えもせず、汗だくになりながら、ガンガン駆け登ってました!
 そして山頂に着き、止まった途端に、吹き抜ける風で一気に身体が冷えて死にそうになりました(笑)」

へ「ジャケットを脱ぐのは、体温調節をして、むやみに汗をかかないようにするため……だな。
 オレも、さすがに脱ぎはしないが、ジャケットのフロントジッパーは全開にしてたぜ」

ア「動いてると、雪山でも意外と暑いんですよね!」

DSCF4469.jpg

へ「霜柱! オレは、初めて見た!」

ア「わたくしも、初めて見ました!
 昔登った時にもあったんでしょうけど、全然、意識していなかったもので……(笑)」

DSCF4522.jpg

「掘り起こしてみました。」

へ「無心に霜柱を掘り起こすアウローラさんの姿を見て、ミーシャ先輩が『まるで蜂蜜を狙う熊のようだ……』って言ってたぜ!」

DSCF4512.jpg

ア「さて、2時間半ほどの登りを経て、無事に登頂!
 山頂近くの広場にて、登頂記念のパネルとともにパチリ☆
 この広場のあたりで、高校時代にお弁当を食べた記憶があって、すごく懐かしかったですよ!」

へ「側に、何百回とか登頂してる人たちの名前を記したプレートが飾ってあったな。
  道はわりと静かだったが、山頂はけっこう賑わってて、人気の山なんだな~と思ったぜ」

ア「ジェイ先輩が小型のソリを担いで登ってたんで、人の少ないところでみんなで滑って、楽しかったですね~」

へ「オレのカメラに、アウローラさんがソリで派手にクラッシュしてる画像があるんだが……」

ア「あー、それは、伏せておきましょう(笑)」

DSCF4516.jpg

ア「下山中には、先日登った、葛/城/山の山頂が見えました。
 これらの山々を縦走するルートも人気があるようですね」

へ「今回は、時間的・体力的な余裕を考えて断念したが……
 そのうち、そういうのもやってみたいもんだな」

ア「お、やる気が出てきましたね~、ヘリオスくん!」

DSCF4517.jpg

ア「下山中、わたくしがルートのあちこちに描き残したマーク」

へ「雪の上に大量のニコニコマーク……! 全部で20個以上、描いてたな。
 後から登ってくる人がびっくりしたらどうすんだ……(汗)

ア「いや、疲れたところに、励ましになるかなーと思いまして……
 雪に描いたものですから、自然と溶けて消えますし」

へ「そういえば、ちびっこが発見してテンション上がってたな。
 どう見ても1年生くらいだろ! って年の子がぞろぞろ登ってたんで、驚いたぜ」

ア「子供会のイベントとかじゃないですか?
 友人Mは『子供の頃、家族に付き合わされて何度も山登りをさせられて、山が嫌いになった』と言ってましたが……
 彼らが楽しく登って、山好き、自然好きになってくれることを祈ります!

 下山した後は、登山口のそばにあるお食事処『さ/わ/ん/ど茶屋』さんで肉うどんを食べました☆
 身体が温まって、味も最高でしたよ……!」


へ「――さて、今回のレポートはこのへんで、だな。
 次回の山は、もう決まってんのか?」

ア「いえ、まだですよ。六/甲/山最高峰~有/馬/温/泉への縦走か、あるいは、もうちょっとライトに須/磨アルプス辺り……と思ってるのですが、まだ何とも。
 また決まり次第、お知らせしますからね~」

へ「おう。――じゃあな、皆! また次のレポートで会おうぜ!」

ア「下記事に拍手、ありがとうございました!(拝)
 また次回の記事で、お目にかかりましょう~!」


【2/15追記 拍手返信!】

 エレファーナ様、拍手メッセージありがとうございました~!(拝)
 金剛山は、大阪組には耳馴染みのある山ですよね。
 街中ではなかなか見ることのできない霜柱ですが、金剛山の登山道脇には、あちこち発生しておりました!
 どれも結晶が「指より長い」感じで、立派なものでした☆

 わたくしも日記に日々、お邪魔してエレファーナさまの奮闘に励まされております!
 季節の変わり目にはまた忙しくなりそうですが、お身体大切に……!
 お互いに無理なくマイペースで、物語の道を進んで参りましょう☆
 それでは、失礼いたします~!!(拝)

庭の王国への旅 ⑫

2015年02月12日 21:06

        *         *


 不意に大きな拍手の音が聞こえ、一瞬、安堵のあまり呆然としていた全員が、はっとしてそちらを見た。

「すごいじゃないか、あんたたち!」

 拍手の主は、なんとオニユリだった。

 最初、星の娘はオニユリがどこから現れたのか分からなかったのだが、彼女たちはいまや〈流れたり流れなかったりする川〉の西岸におり、すぐ横手に切り立った崖の上に、オニユリのお茶屋があるはずなのだった。

「迎えに来てみたら、いきなり鐘が鳴り出して、何事かと思ったよ。
 あれでよく、全員助かったもんだ。
 兄貴が稲妻を呼び戻したとっさの判断、さすがだったな。」

「いや。」と騎士が重々しく言った。

 オニユリが突然「兄貴」と呼んだので星の娘は驚いた。

 しかし、ふたりの顔立ちはちっとも似ておらず、歳も相当離れているから、おそらくは親しい知り合いであって、きょうだいではなかろうと思われた。

「俺の手柄ではない。そちらの旅の方の手柄だ。
 あの子を助け出すことができたのは、その方が素早くロープを用意して裂け目に下りてくださったからだし、他の皆が助かったのも、水が迫る中で、その方がただ一人、残ってくださったからだ。」

 旅人は起き上がり、川の水やゲールのよだれでずぶ濡れになった服をできる限りしぼろうとしていたが、騎士の言葉を聞いてこちらに向き直った。

 騎士は姿勢を正すと、旅人に頭を下げた。

「あなたの力と勇気に敬意を表す。
 そして、あなたを置いて先に水から逃げたことは、申し訳なかった。」

「いや。あれでよかった。」

 旅人は何でもなさそうな調子で言った。

「子供と、娘さんと、お年寄りが先に決まっている。
 ケンタウロスたちがふたり運んで、残りはひとり。
 そして、俺では、あんたの馬に一緒に誰かを乗せて走らせるなんて芸当はできなかった。
 俺は慌てていなかったよ。大がえるが来てくれると分かっていたからな。」

「その豪胆さ、落ち着き――若いのに見事なものだ。」

 旅人の態度にすっかり感銘を受けた様子で、騎士は呟いた。

 やっと落ち着きを取り戻した母親が、何度もお礼を言いながら、まわりに頭を下げた。

 星の娘と老人も、あらためてケンタウロスたちに礼を述べた。

 ケンタウロスたちは唇を反り返らせて笑うと、がらがらした大声で何か言って、風のように走り去ってしまった。

「お礼なんかいいってさ。
 あのふたり、これから、ケンタウロス族の長老に会いに行くんだって。」

 当たり前のようにオニユリがそう言い、

「さあ、そっちの子は、手当てがいるんじゃないのかい?」と言った。

「落ちた時に、右足を挫いたようだ。」

 旅人が静かに言った。

「おそらく折れてはいないと思うが。ちょっと診ただけだから、分からない。」

「おっかさんたち、これからどこへ行くんだい?
 ――ああ、その村なら、ちょうどあたしの店が通り道じゃないか。
 店で、その子の手当てをしてやるよ。手当ては、ただだからさ、心配いらない。
 兄貴、背負ってやってよ。」

「分かっている。」そう言って、騎士は男の子を軽々と背中におぶった。

「あの、そちらの馬さん――稲妻さん? に、乗せて行ってはどうかしら。その方が、疲れないでしょう。」

「いや、それは無理だ。」遠慮がちに言った星の娘に、オニユリがあっさりと手を振った。

「ここから崖の上までは石段を上がっていくんだけど、狭くて、馬は通れない。
 稲妻には、いつもみたいに、自分であっち側の斜面を上がってきてもらわなきゃ。」

「俺たちは何度もオニユリの店に来たことがある。
 稲妻も、道は心得ているから、心配はいらない。」

 星の娘を安心させるように、騎士がそう言い、稲妻は分かったというようにいなないて、さっさと自分で歩いていった。

「さあ、みんな、ついてきておくれ!」

 先頭に立ち、オニユリが叫んだ。

「今日は特別大サービスで、お茶もただにしておくよ。
 みんなが無事に助かった記念ってことでさ。
 ずぶ濡れで、寒いだろ――かまどの火であたたまって、服も乾かすといい。
 そうだ、小屋の横で、焚火もおこそう!」

 オニユリの言う〈石段〉は、そこから歩いてすぐにあった。

 秘密の階段があった崖とは違い、こちら側の崖は、色や質感の違う巨大な板状の石が何枚も重なり合ってできていた。

 その石の重なり具合が、ちょうどうまい具合にずれて、まるで階段のようになっているのだ。

〈石段〉は最初は崖の表面を上がっていき、途中からは、崖の中へと消えていた。

「さあ、気をつけて。」

 先に行ったオニユリが手を伸ばし、星の娘の腕を掴んで引っ張り上げてくれた。

 板状の石は、一段ずつの高さが大人の腰ほどもあり、登るのにはなかなか骨が折れた。

 旅人が老人を、老人が母親を、母親が娘を引っ張り上げ、男の子を担いだ騎士は、自分の腕力だけで登ってきた。

「ここからは穴の道だ。狭くなるよ!
 後ろを蹴飛ばすことになるかもしれないから、あいだをあけて、一人ずつ、ついてきておくれ。」

 崖に開いた四角い穴に入り込んだオニユリの声だけが聞こえた。

〈石段〉は崖の中に入り込んでもまだ続き、どちらを向いても、まるで地層や岩石の標本のような景色になった。

 平たい積み木を少しずつずらしていくつも重ねたように、石の板のあいだにはいくつもの細い隙間があいており、そこから外の光が漏れてくるので、穴の道の中は少しも暗くはなかった。

 そして、さらにひと登りすると、とうとう崖の上に出た。

 星の娘は地面にあいた穴から這い出し、手や衣服のほこりをはたいてから、興味深く辺りの様子を眺めた。

 そこは崖のふちに近いあたりで、一面が畑になっており、土は黒く、ふかふかに耕され、様々な野菜が植えられていた。

「これは全部、あたしのとこの畑だ。店はこっちだよ。」

 オニユリはそう言って、崖のふちと反対の方向に星の娘たちを案内した。

 そちらは林になっていて、桃色の花が咲き、つややかな葉を茂らせた木々が並んでいた。

 林の中にはよく光が届いて明るく、地面はすっかりクローバーに覆われていた。

 いつの間にか稲妻が一向に合流し、当たり前のような顔をして一緒に歩いていた。

「あれが、あたしのお茶屋だよ。」

 誇らしげに言って、オニユリが林の奥を指差した。

 そこは林の中のちょっとした広場のようになっていて、黒っぽい板で造られた四角い建物が見えた。

 板でこしらえた大きな箱の壁の一面だけを取り払ったというような、簡素な造りの建物だったが、その天井からは無数の乾かした薬草や干肉がぶら下げられ、壁の内側にはずらりと調理器具がかけられ、それらはすべてぴかぴかに磨かれて光っていた。

 棚にはジャムや果実酒や薬を詰めた瓶がぎっしりと並び、それらにはすべて丁寧に絵をつけたラベルが貼られていた。

 隅には大きなかまどがあり、人ひとりがすっぽり入ることができそうな水がめもあった。

 そして店の前には丸太でこしらえた長椅子と、大きなテーブルが並べられていた。

「オニユリのお茶屋にようこそ!
 今、火をおこすからね。みんな、そこの椅子に座って。
 とりあえず水をどうぞ。奥の井戸の水に、薬草を浸したものだよ。
 坊や、あんたはこっちにおいで。あたしが診てあげるよ。
 そんな顔をしなさんな、これでも名医なんだよ、あたしは! 痛くはしないさ。
 うん、うん、これなら、湿布をして安静にしておけば大丈夫だね――」

 自分の店に戻ったオニユリは、そう喋りながらあちらこちらへと飛び回り、かまどの火種をかきおこして燃え立たせるやら、男の子の足に生の薬草をすり潰した湿布をあてるやら、干肉や干果物をナイフで切ってテーブルに並べるやら、壺から人数分のお茶っ葉をつかみ取ってやかんに入れるやらと、お客たちが出された水に口をつけるかつけないかのうちに、まさしく八面六臂の活躍を見せた。

「さあ、こっちで焚火を起こすよ。濡れものはこっち!」

 薪ひと束と木っ端を抱え、火種――かまどから取った、端が燃えている長い枝――を歯でくわえたまま、オニユリが器用にそう喋った。

 彼女の焚火をつくる技は驚くべきもので、炎はあっという間に大きくなり、あかあかと燃え上がった。

 そのあいだに旅人が黙って立ち上がり、そこらに落ちていた、しっかりした木の枝を何本か地面に突き刺し、組み合わせて、簡単な物干し竿を作った。

「どうも、お客さん。悪いね、働かせちゃって。」

「いや。」

 旅人は言って、ずぶ濡れになった服を無造作に脱ぎ始めた。


【庭の王国への旅⑬へと続く】

庭の王国への旅 ⑪

2015年02月08日 12:33


       *              *


「あの川には、名前がついておってな。
 その名を 〈流れたり流れなかったりする川〉 という。」

「――それは、正式な呼称ですの?」

「れっきとした正式名称じゃ。
 つまり、あの川は、今のように水が流れておるときと、流れておらんときとがあるということでな。
 水が流れておるときは、その流れがあまりに速く激しいので、どんなに泳ぎの達者な者でも、また、どんな優秀な漕ぎ手を乗せた舟であっても、その流れを横切って渡ることはできん。
 また、押し寄せてぶち当たる水の勢いがあまりに強く、どんな橋でもばらばらに打ち壊されてしまうために、橋をかけることもできんのじゃ。
 川を渡りたい者は、水が完全に引くのを待って、川底が現れたら、一気に向こう岸まで走るしかない。
 次に水が来るのが、いつになるかは分からんから、全速力で渡り切らなければ、途中で水に呑まれることにもなりかねん。」

「ずいぶんと、スリルのある川ですのね。」星の娘はそう呟いて、表情を引き締めた。

 そこから大河のほとりに至るまでに、地形はいったん低くなり、それからまたゆるやかに盛り上がっていった。

 土手の最も高いところまで登りつめたとき、ふたりは、大河の水面がほとんど目の前に広がっているのを見下ろした。

 大河のほとりには、板葺きの小さな小屋が建っており、その周りに、ちょっとした人だかりができていた。

 小屋のすぐ隣には、茶色っぽい巨大な岩がひとつあって、小屋よりも、その岩のほうが大きいくらいだった。

「あれが、渡し場じゃ。」

 老人が言って、馬たちに「遠いところをお送りいただき、ありがとうございました。ここまでで結構です。」と告げた。

 馬たちはすみやかに立ち止まり、ふたりが草の上にすべり下りるまで、じっと立って待っていた。

「お世話になりました。本当にありがとう。」

 星の娘はそう言って灰色の馬の首を撫でた。

 馬たちはお辞儀をするように首を下げると、一声いななき、風のように走り去っていった。

 ふたりは感嘆してその後ろ姿を見送り、馬たちの姿が再び砂粒のように小さくなるまでその場に立っていたが、やがて大河の方に向き直って、渡し場へとおりていった。

 小屋の周りに集まった人々は、てんでばらばらな顔ぶれだった。

 馬に乗った騎士がいるかと思えば、子供をふたり連れた母親がおり、茶色がかった緑色の服を着た旅人らしい男もいた。

 さらには、ケンタウロス族の男もふたりいた。

 馬の胴体に人間の上半身を持つ種族であるケンタウロスたちは、がらがらと鐘を鳴らすような彼ら独特の声でしきりに何かを話し合っていたが、何を言っているのかはまったく聞きとれなかった。

「あんたたちも、渡りたいのかい。」

 初めて見るケンタウロス族の姿に目を奪われていた星の娘は、急にそう声をかけられて、驚いてそちらを見た。

 そこに立っていたのは、ももの半ばほどの丈の貫頭衣をかぶり、ロープで腰をしめただけの簡素な服装をした少年だった。

 茶色の髪はぼさぼさで、これまでに櫛を通したことがあるようには見えなかった。

「ええ。」星の娘は、この子は何者だろうと思いながら答えた。「あなたは?」

「俺はこの渡し場の番人だ。
 渡るのは、あんたと、そっちのじいさんだな。前にここを渡ったことは?」

「ありませんわ。」

「そうかい。じゃ説明しておくから、よく聞いてくれ。」少年は目にかぶさる髪を手でかきのけると、すらすらと言った。

「水が引いてきても、俺がいいと言うまでは、絶対に川に入っちゃだめだ。
 浅いように見えても、川底に裂け目があって、そこだけ急に深くなってることがある。
 靴を見せて。じいさんも。――うん、まあ、いいだろう。
 急に水が戻ってくることもあるから、いざとなったら、走らなきゃならないからな、踵が高い靴はだめだ。
 もし渡ってる途中で水が来たら、俺が鐘を鳴らす。」

 少年は、小屋の軒先にぶら下がっている鐘を指差した。

「その時は、とにかく向こう岸まで走れ。
 こっちの岸に近いときなら、全速力で引き返すんだ。
 もしものときは、俺とゲールができるかぎり助けるが、それでも助からないときは――」

「あの、ゲールというのは?」

 星の娘が思わず訊ねると、少年は「そこにいる。」と、小屋の向こうの大岩を指差した。

 大岩の上に誰かがいるのかと思って目を凝らした星の娘は、本当のことに気付いたとき、もう少しで叫びそうになった。

 小屋よりも大きい、茶色っぽい大岩に見えていたものは、生きている巨大なかえるだった。

 その証拠に、大きな目玉が一瞬だけ薄く開き、あたりを見回したかと思うと、またすぐに閉じてしまった。

「ゲールは今まで何人も助けてる、優秀な番人だ。
 川の真ん中まで、たった二跳びでいける。
 助ける相手を、長い舌でべろっと巻いて、岸まで跳んで連れていくんだ。」

「まあ、そうですの――それは――それは、あたくし、絶対にご面倒をかけないようにしたいと思いますわ。」

 星の娘はいくらか引きつった顔でそう言ったが、少年は気にもせずに小屋のほうに戻り、壁に立てかけられたはしごをのぼって、屋根の上から上流の方を見張り始めた。

「かえるですって! それも、あんなに大きな!」少年には聞こえないような声で、星の娘は呟いた。

「あたくし、かえるに飲み込まれるよりは、黄泉の国に流されるほうが、いくらかましだと思いますわ。」

「そのようなことを声に出して言うものではないぞ、アストライアくん。」

 老人が、いつになく真剣な顔で言った。

 彼は競技開始をひかえた運動選手よろしく、膝に手を当てて屈伸運動の最中だった。

「あの〈滝壺〉の下、黄泉の国をしろしめす夜の王の貪欲で無慈悲なことは、よく知られておるからのう。
 それに、かれの耳はたいへんに聡いというぞ。
 かれの近衛隊はみな、もとは地上の優れた戦士たちで、この川にさらわれ、〈滝壺〉に呑まれた者たちだそうじゃ。
 そしてかれの幾人もの妃たちも、もとはみな、太陽の下を歩く姫たちじゃった。
 今では、黒い衣に、鋼の飾りを着け、蒼白い顔をした夜の妃たちじゃ。」

「まあ――あたくし――」

 星の娘は顔色を悪くして、誰に言うともなく、少し大きな声で言った。

「ぜひとも、無事に川を渡りたいですわ。
 そして、やっぱり、いざとなったら、流されるよりはかえるのほうがいいと思いますわ。」

「水が、引き始めたぞう!」

 屋根の上から少年が叫び、みなは一斉に上流の方を見た。

 はじめは、どうどうと流れる水面に変化が起きているようには見えなかったが、しばらく待つうちに、これまでは見えていなかった岩の先端がいくつもあらわれ、川の流れが白く泡立ち始めた。

 今や、渡し場に集まった客たちは、川べりにずらりと並んで、今か今かと合図を待つ走者のように少年の方を見ていた。

 水位はまたたく間に下がり、これまでは水に浸かっていた川底が見えてきた。

 激しい流れのために、砂や泥はほとんど積もっておらず、全体に黒っぽく、ごつごつとしていて、足場は悪そうだった。

「裂け目のように、急に落ち込んでいるところがあるからな、気をつけて――」

「よし、いいぞ、渡れーっ!」

 老人の言葉をかき消すほどの大声で少年が叫び、渡し場の客たちは一斉に水のなくなった川を渡り始めた。

 星の娘と老人も、夢中で走り出した。

 途中、塀を乗り越えるようによじ登ったり、跳びこえたりしなければならないところもあり、思ったよりも時間がかかりそうだった。

 ケンタウロスたちが雄叫びをあげながら、崖の山羊のように巧みに岩を蹴って進んでゆく。

 騎士は馬から降り、馬だけをケンタウロスたちと共に先に行かせて、自分は走って渡っていた。

「あっ!」と声があがり、振り向いた星の娘の目の前で、小さな男の子が裂け目にすっぽりと落ち込んだ。

 母親が悲鳴をあげた。

 彼女はふたりの子供のうち、幼い娘のほうを抱いて渡っていた。

 彼女は落ちた息子のそばへ行こうと、自分も裂け目に飛び降りようとした。

「いかん!」

 後ろから走ってきた騎士が母親の肩を押さえ、口笛を吹いて愛馬を呼び寄せた。

 ほとんど向こう岸に達しかけていたケンタウロスたちも、何事かと踵を返して戻ってきた。

「あんたの息子は、我々が助けてあげる。あんたは娘さんと先に渡りなさい!
 おのおのがた、申し訳ないが、ご婦人と娘さんを向こう岸へ!
 稲妻よ、お前も行け!」

 騎士の馬が、主人の言葉を低いいななきに訳してケンタウロスたちに伝えると、彼らはまたたく間に母親と娘をそれぞれ横抱きにし、走り去っていった。

「大丈夫なの!?」

「足が痛い。」

 星の娘が問い掛けると、男の子は泣き出すのを必死に我慢しているような声で言った。

 その裂け目は、幅こそ狭かったが、深さは大人の身長の2倍ほどもあり、ふちがつるつるしていて、簡単には降りて登ってこられそうもなかった。

「これを!」

 突然、ぱっと投げかけられたロープを、星の娘は何事かと思う間もなく反射的に受け取った。

 同時に、茶色っぽい緑の服を着た旅人が、何のためらいもなく裂け目の底へと飛び降りていった。

 彼は猫のように巧みに裂け目の底に着地すると、あっという間に男の子の身体にロープの一端を巻き付けてしまった。

「引っ張れ!」

 騎士と星の娘と老人が、力を合わせてロープを引っ張り、下から旅人が押し上げて、男の子は裂け目の底から救出された。

 旅人は驚くべき身のこなしで裂け目の両側の壁に手足をつき、わずかな出っ張りを手掛かりにして、あっという間に登ってきた。

 同時に、奇妙な震動が地面から伝わってきた。

 カーンカーンカーンと小屋の鐘が打ち鳴らされ始めた。

「水が戻ってくるぞ! 水が戻ってくるぞーっ!」

「急げ!」

 騎士は男の子を担ぎあげ、夢中で口笛を吹き鳴らした。

 かれの愛馬の稲妻が駆け戻り、騎士と男の子を乗せて駆け出した。

 ケンタウロスふたりも疾風のように戻ってきて、星の娘と老人の身体を、粉袋でも扱うように持ち上げた。

「あなたは!?」

 星の娘は首をひねって叫んだ。

 もう、上流から白い壁のように迫る水しぶきが見えていた。

 旅人は巻きとったロープを肩に引っ掛け、岩の上に悠然と突っ立っていた。

 次の瞬間、ケンタウロスが雄叫びをあげて走り出し、星の娘は思わず目をつぶってしがみついた。

 身体じゅうに冷たい水がかかった。

 黄泉の国を支配するという夜の王の蒼白い暗い顔と、手招きをする手が見えたような気がした。

「ああ、お願い!」

 星の娘はぎゅっと目をつぶったまま、思わず叫んだ。

「助けて、助けて! あの方、流されてしまうわ――」

「アストライアくん! 落ち着きなさい。目を開けるんじゃ。」

 耳慣れた声に呼びかけられ、星の娘は、おそるおそる目を開けた。

 はじめに目に入ったのは、白髪からぼとぼとと水の雫を垂らしている老人の顔だった。

 彼女たちはみな、ごうごうと流れる川のほとりにおり、全身ずぶ濡れだったが、確かに地面の上にいた。

 母親が、娘と、戻ってきた息子を抱きしめて、安堵のあまり泣いていた。

 星の娘ははっとして、口の中でお礼の言葉を呟きながら、身をもがいてケンタウロスの逞しい腕の中から抜け出した。

「あの方は!? あの、旅人さん――」

「大丈夫だ。」

 鎧ごとずぶ濡れになった騎士が、星の娘の背後を指差した。

 振り向くと、そこにぬめぬめとした薄茶色の巨大な太鼓腹があった。

 慌てて後ずさった星の娘の目の前に、べっ、と旅人の身体が吐き出された。

 迫りくる水から旅人を救い出した大がえるのゲールは、のっそりと身体の向きを変え、川の方を向いて座ると、目を閉じて、またただの大岩のように動かなくなった。



【庭の王国への旅⑫へと続く】

クウェンタ・シルマリルリオン

2015年02月04日 21:04

 お久しぶりでございます、アウローラです!

 アストライアさんと謎の老人氏の旅は、着々と進んでおりますね……☆

 お二人が先へと進むのが、わたくしも楽しみです。

 懐かしい人々の姿を見、その声を聞くのは嬉しいものですね……!

 ちなみに、お二人が旅の途中で出会った「黒髪の若者」と「オニユリ」さんは、かつて妹によって記憶の海からサルベージされた王国大戦争の顛末にも登場しておりましたよ。

 それぞれ「王国一強い隊長」と「お茶屋の女の子」という呼び名で登場しております(笑)

(ちなみに、上記の記事に掲載されている「地図」は、その日、ふたりのあやふやな記憶を頼りに描いたものなので、アストライアさんと謎の老人氏が実際に旅をしている王国の地形とは、微妙~に違う点もあります……が、まあ、だいたいあんな感じです。)


 そして、わたくしのほうは最近、何をしていたかと申しますと、トールキン先生――と、その息子さん――の手になる『シルマリルの物語』を読んでいました。

『指輪物語』、ロードオブザリングの世界の成り立ちが記された物語ですよ。

 わたくしは『指輪物語』を、全巻通してでも10回以上、お気に入りの巻だけならそれこそ何十回と読み返した大ファンですので、シルマリルリオンを読んでいると、

「ガラドリエル様の歌に出てきた『火を灯す者なるヴァルダ、星々の女王』というのは、このひとのことだったのか!」

 とか、

「レゴラスが言っていたエレスセアの島というのはこれかー!」

 とか、未読の方にはまったく何のことだか分からない内容で大興奮しておりました。

 アイヌリンダレ、ヴァラクウェンタ、クウェンタシルマリルリオン、アカルラベーズ――

 何の呪文!? という感じですが、これらの物語は、指輪物語ファンならば読んで絶対に損はないと思いました!


 そして、他にも――

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 とても美しい、手仕事の刺繍のほどこされたシルクのショールを手に入れたり……

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 京都で、全然火のついていない「大文字焼」の「大」の字を見たり……

 あと、1時間で10kmを走ったりと、地上で地味にいろいろ活動しておりました(笑)

 もちろん業務もな……!!


 まあ、そのような感じで、本日のところはこのへんで!

 下記事に拍手、メッセージ等、ありがとうございました!(拝)

 また次回の記事で、お目にかかりましょう☆

 

庭の王国への旅 ⑩

2015年02月03日 20:56


       *              *


 そう話しているうちに、ふたりは森の中をずいぶん進んできた。

 道は細かったが一度もとぎれることなく、少しずつ左手に曲がりながら続き、やがて二人は森の木々が途切れるところまでやってきた。

「ああ、なんて――」

 星の娘は叫び、その場所ではもうほとんど身長の半分ほどの高さになっていた崖から飛び下りて、目の前の光景に向けて両腕を開いた。

 ふたりの目の前には、広大な草原が広がっていた。

 最初に目にした丘陵地帯よりも、ずっと広く、ゆるやかに、北のはるか遠くまで緑の海原が続いている。

 そのさらに先には、白い雪を頂いた槍のような峰々がつらなる山脈が見えた。

 西の方に目を転ずれば、草原の向こうに雄大な大河のきらめきが見え、その向こう岸はそそり立つ崖になり、その上にまた別の森が広がっているのが見えた。

「あれが、オニユリさんのお茶屋があるという崖なのね。
 そして、あれが――」

「そう。」老人が、眩しそうに目を細めながら言った。

「あれが、女神のおわす薔薇の城じゃ。」

 崖の上の森の奥深くから、雲よりも高くまでそびえる、巨大な薔薇の木の姿があった。

 その頂点に、果たして花が咲いているのか、蕾なのか、それすらもここからは見て取ることができなかった。

「不思議ですわ。」と星の娘は言った。

「あんなに高いのに、あたくしたちが最初にこの国に入ってきたときには、あのお城、ちっとも見えませんでしたわ!」

「女神の魔法が働いておるのじゃ。」老人が言った。

「あの城は、王国の核心じゃ。
 外から来た者の目には、容易に触れぬようになっておる。」

「さっきの男の方が、いつかあれを登り切る日が来るなんて、とても信じられませんわ。
 あの頂を極めることができる者がいるとは、とても思えないほどの高さですもの。」

「高いだけではなく、とても遠い。」老人は言った。

「ここから見えている以上にな。
 目に見えておる距離と、実際にあそこまで辿り着くためにたどらねばならぬ道のりとは違うからの。
 ――おお、あれは、オニユリさんが言っておった迎えかな?」

 草原のはるか彼方で、きらっと光る砂粒のようなふたつの点が動いたと思うと、目を凝らしている間に、どんどんこちらへ近づいてきた。

 それは素晴らしく美しい2頭の馬で、一頭は薄い灰色、もう一頭はほとんど金に近い茶色の毛並みを持っていた。

 2頭は、星の娘と老人が立っているところまで来て立ち止まり、長いたてがみを揺らしてお辞儀をした。

 かれらは手綱も鞍も鐙もつけておらず、誇り高い野生の姿で、智恵の深そうなその眼差しをじっとふたりの人間に注いでいた。

「どうも、初めまして。」

 星の娘は丁重に礼を返してから、ちらと不安げに老人を見た。

 彼女は、これまでに馬に乗ったことはおろか、本物の馬を見たことさえもなかった。

「あなたがたは、オニユリさんの兄弟、風の足どののご友人ですな。」

 老人が進み出て、礼を尽くした調子で話しかけた。

「わしらを渡し場まで送ってくださるとのこと、まことにかたじけない。
 拝見したところ、あなたがたの足は非常に速い。
 その駆ける速さは疾風のごとしとお見受けした。」

 馬たちは老人の言葉を聞いて、誇らしげにいなないた。

「しかし。」と、老人は丁重に続けた。

「その背中に光栄にも乗せていただくわしらの方は、あなたがたの疾駆に耐え得るほど、乗り慣れてはおらぬのです――分かっていただけますかな。
 この年寄りと娘が、あなたがたの背中から転げ落ちて首の骨を折ることがないように、できるだけ、ゆっくり進んでいただければありがたい。」

 馬たちは顔を見合わせ、やがて、分かったというように長い首を振った。

「乗りなさい、と言ってるのかしら?」

 いかにも自信なさそうに星の娘は言い、おそるおそる手を伸ばして、灰色の馬の横腹を撫でた。

「オニユリさんの紹介じゃ、間違いはないじゃろう。
 ほれ、アストライアくん、わしがこうやって立っておいてあげるから、わしの膝と、肩を踏み台にして、かれの背中に登るんじゃ。
 うまく乗ったら、じたばたせずに、しゃんと背筋を伸ばしてつりあいを取るようにな。
 よいか、かれの横腹に、かかとをぶつけるんじゃないぞ!」

 よじ登ったり、ずり落ちたりとしばらくじたばたした挙句、どうにか星の娘は灰色の馬の背中におさまり、まるで厳しい祖父母の家に連れてこられた孫娘のように、じっと座って目だけをきょろきょろ動かしていた。

「やれやれ。」

 たくさん足形のついた茶色のマントを払い、老人はあっと驚くような身ごなしで金茶色の馬の背に飛び乗った。

「これでよしと。――お待たせしましたな。それでは、よろしくお願いいたしますぞ。」

 ふたりを乗せた馬たちは、足取りも軽やかに進み始めた。

 かれらの足の運びにはむらがなく、草原の旅路は非常に快適なものになった。

 つややかな緑の草の上に、道らしきものはまったくなかったが、馬たちは迷いなくただひとつの方角に向かって進んだ。

 オニユリの言葉によるならば、そこに渡し場があるのだ。

「水の音が、だんだん近くなってきましたわ。」

 やがて、灰色の馬の背から身を乗り出すようにして、星の娘は言った。

 彼女たちの行く手には大河が横たわっていた。

 その流れを左手の川下のほうへとたどっていくと、やがて、霧のような水しぶきに包まれた〈滝壺〉へと行きつくのだった。

「あの〈滝壺〉の下は、地下の黄泉の国へと通じておるそうじゃ。」老人が言った。

「川を渡るときに、決して、流されてはいかんよ!
 庭の王国の黄泉の国をしろしめすのは、夜の王じゃ。
 そのひとに捕まったら最後、陽のあたる世界には二度と戻ってくることができんという話じゃからのう。」

「肝に銘じますわ。」

 星の娘は小さく身震いをして言った。

「あたくし、渡し舟の上で、船縁には、絶対に近付かないようにしますわ。」

「渡し舟じゃと?」老人は言って、ああ、と手を打った。

「また、言い忘れておった。あの川を渡るのに、舟は使わんよ。」

「でも――あたくしたちは、今、渡し場に向かっているのでしょう?」

 星の娘は、わけが分からないという顔で老人を見た。

「渡し場があるのに、渡し舟がないなんて、不思議な話ですわね。
 いったいどうやって、川を渡るんですの?」



【庭の王国への旅⑪へと続く】

庭の王国への旅 ⑨

2015年02月01日 16:42


         *           *


「本当に、その通りだわ。」

 星の娘が深く頷いて同意を示すと、オニユリは満足そうに笑い、

「それじゃ、あたしは先にお茶屋に戻って、もてなしの準備をしておくよ。
 あんたたちは後からゆっくり来ておくれ。」と言って、さっさと元来た方へ歩いていこうとした。

 軍病院を出るときもそうだった通り、このオニユリという少女は、まるで突風のような性分であるらしい。

「待って!」星の娘は慌てて呼び止めた。

「その、川の向こうには、ここからどうやって行けばよろしいの?
 あたくしたち、今日、この国に着いたばかりで、少しも土地勘がありませんの。」

「そうだった! そのことをすっかり忘れてた。」と、オニユリは額を叩いて叫びました。

「あんたたちは、このロスコーの森にどうやって入った?」

「あちらから、登ってきました。」と、老人が答えた。

「なるほど、あっちからか。」オニユリも、妙に漠然とした言い方をした。

秘密の階段のことは、それをよく知る者同士のあいだでも、あからさまに口にしてはいけないことになっているのだ。

「あっちから降りると、あたしのお茶屋までは、ひどく険しい道を行かなきゃならないな。
 まず、川の東側の渡し場に向かう道がある。
〈滝壺〉のふちにへばりついたみたいな細道で、しょっちゅう地崩れを起こしてるから、あそこは通らないほうがいい。
〈滝壺〉を避けて西に回り込む道だと、丘を越えて、崖の南の端の森から登ってくることになる。
 でも、あそこの森は、侵入者を防ぐために罠だらけになってるから、道をよく知ってる者じゃなければ、まず生きては通り抜けられないよ。」

「他に、もっと安全な道はありませんの?」

 顔をしかめて訊ねながら、星の娘は、そんな危ない道を通ってお茶屋にやってくる客が果たしているのだろうか、と疑問に思わずにはいられなかった。

「あるよ。」オニユリはあっさりと言い、自分が歩いていこうとした方を指差した。

「このロスコーの森を北東に抜けていくと、だんだん地面が低くなってきて、最後には、草原に出られる。
 あんたたちが登ってきた灰色の崖は、東へ、こう、まわり込むにつれて、だんだん小さくなって、森と草原が出会うところでおしまいになるってわけ。
 そこから草原を西に突っ切って渡し場に行き、川を渡って、石段を登って崖の上に来るのが一番安全だ。
 渡し場までは、あたしは風の足に乗っていくけど、あんたたちは風の足の友だちに乗せてもらうといいよ。呼んでおくからさ。
 渡し場に着いたら、そこにいる番人が、川を渡る方法を教えてくれる。
 あんたたちが川を渡る頃には、あたしが、その辺りまで迎えに行けると思うよ。」

 オニユリはよどみなく説明したが、星の娘には、その半分も理解できなかった。

 彼女は、ようやく聞きとれた事柄のうち、最も疑問に思ったことを口に出した。

「風の足に乗っていく――ですって?」

「ああ! 風の足ってのは、馬の名前だよ。
 あたしのきょうだいなんだ。若くて、すごく足が速い。
 あんたたちのために友だちを2頭、迎えに来させるように、風の足に頼んでおくからね。」

「あなたは――馬と、話せるんですの?」

 星の娘は、ほとんど信じられないというように言った。

「そりゃそうだよ!」オニユリは、何を言ってるんだという調子で笑った。

「植物や鉱物はともかく、動物たちや鳥たちの言葉くらい話せなきゃ、一人前とは言えないよ、あたしたちの一族ではね。
 まあ、蛇やトカゲとなると、少し難しい。あいつら、しゅうしゅうって、独特の言葉遣いをするからさ。
 虫たちは――あいつら、声が小さくて、何言ってるかあんまり聞き取れないんだ、ここだけの話。」

 そして、彼女は急にひらっと手を振ると、

「じゃ、待ってるから、ゆっくり来ておくれ!」

 と叫んで、オニユリの花の色のスカートをぱっとひるがえしたかと思うと、次の瞬間には木立の中に駆け込んで、姿を消した。

 星の娘と謎の老人は、オニユリがひっかけていった茂みの葉の揺れがおさまるまでのあいだ、感心したようにそれを眺めていたが、やがて、ゆっくりと同じ方に歩きはじめた。

「どうやら、大樹の方にまでは、行かずじまいになりそうじゃのう。」老人が言った。

「今から寄っていたのでは、オニユリさんの招きに間に合わん。」

「――ねえ、ヘリオスのおじいさま。」

 一方で、星の娘は別のことを考えていた。

「先程、あたくしをお止めになりましたわね。
 ほら、あの男の方がやられているとき。
 おじいさまは、オニユリさんが助けにいらっしゃることを、予期してらっしゃいましたの?」

「いいや、そうではない。」老人は言った。

「わしは、オニユリさんのことは知っておった。
 じゃが、彼女がここに来ることは知らなかった。
 わしがあんたを止めたのは、別の理由からじゃ。
 わしらがここでの出来事に介入することで、物語の時空の未来を歪めてしまうことを恐れたからじゃよ。」

「物語の時空の未来を?」

 星の娘は、驚いていった。

「では、あの男の方も、何か大きな物語に関わっていると仰るの?」

「全ての者が、それぞれの物語を持っておるのじゃ。
 起こる出来事の大小に関わらず、な。」

 老人はゆっくりと歩きながら言った。

「ただ、わしは、特にあの若者の物語については、アウローラさんから聞いて知っておったというだけのことじゃ。」

「それは、どんな物語ですの。」

 祖父にお話をせがむ少女のように星の娘が言うと、老人は、声の調子を整えて、おもむろに語り始めた。

「黒髪の若者は王国の兵士だったが、勇気がないというので、皆に馬鹿にされておった。
 特に彼が属する隊の隊長とその仲間には、訓練と称して事あるごとに痛めつけられ、足腰が立たぬようになるまでやられることもしばしばだった。
 隣に住む少女のオニユリは、折にふれて彼を庇い、叱咤激励したが、あまりその効果はなく、むしろ『女に情けをかけられた』と彼への更なる侮りを招く結果になってしまうのだった。
 さて。ある年、薔薇の女神の住まう、薔薇の城の花が開いた――」

「薔薇の城の花が開いた、って、どういう意味ですの?」

 思わず話を遮って、星の娘が訊ねた。

「薔薇の城というのは、つまり、一本の巨大な薔薇の木なんじゃ。
 そのてっぺんに、十年に一度、わずかなあいだだけ大きな花が咲いて、薔薇の女神はそこから王国のありさまを眺め渡す。――分かったかな?」

「よく分かりましたわ。」

 星の娘は深々と頷いた。

「そう、それで――ええと、どこまで話したんじゃったかな?
 ああ、そうじゃ。薔薇の城の花が開いた、と。
 その年のある朝、黒髪の若者のもとに、隊長とその仲間がやってきて、彼を家から引きずり出し、いつものようにさんざん殴りつけてから、これは旅立ちの景気づけのようなものだと言った――」

「ええ、そう、さっさとどこへでも行っていただきたいですわね。
 そして永遠に戻っていただかなくて結構。
 ――それで?」

「彼らは、薔薇の女神の姿の美しさを噂に聞き、その玉座へ赴き、女神を娶ろうと考えたのじゃ。
 それに、女神の夫となれば、この王国を支配することも夢ではないと考えたのじゃな。」

「どこまでも下劣な考えですわね。――それで?」

「彼らは去った。
 その朝、オニユリは狩りに出ていて留守だった。
 黒髪の若者は、傷の痛みに耐えながらしばらく地面に横たわっていたが、やがて、ふらふらと立ち上がって言った。
 『もう、このままではだめだ。』
 とな。」

「それで?」

 いまや、星の娘は、老人の語ることに完全に引き込まれていた。

「黒髪の若者はこれまで、人と争うことを避け、どんな屈辱的な扱いにも耐えてきたが、そんなあり方を最もいとわしく思っていたのは、彼自身だった。
 その朝、彼の心の器にこれまでずっと溜めこまれてきたものが、ちょうど満杯になり、溢れ出したのじゃ。
 そこへ、オニユリが帰ってきた。
 彼女は黒髪の若者が傷だらけになっているのを見ると、いつものように悪態をつき、お茶屋に置いてある薬草を出してきて手当てをした。
 『俺は、行かなくては。』
 若者がそう呟くと、彼女は頭でもやられたのかという顔をしたが、続く彼の言葉を聞いて面を改めた。
 『俺は、どうしても、あいつらに勝たなくては。
 俺は薔薇の城へ行き、あいつらよりも先に、薔薇の女神様を見つける。』
 オニユリは事態を完全に飲み込んだわけではなかったが、彼の突然の奮起を喜び、彼の背中を叩いて励まし、食糧と、自分の愛用の槍を彼に与えた。
 『何だか知らないが、がんばれよ。』と彼女は言った。『気をつけて行け!』
 そして彼は旅立った。
 鎧を着た獣たちのうろつく影の森を抜け、不思議の湖の妖精たちの助けを受け、鷲たちの襲いかかる切り立つ峰に登り、その頂上で、薔薇の城の鉄壁の守りである大蛇と戦った――」

「それで!?」

 星の娘は、子供のように勢い込んで言った。

「彼は大蛇の試練をくぐり抜け、薔薇の城に登ることを許された。
 目も眩む高さと吹きつける烈風、無数の棘に苦しめられながらも、彼は登り続け、ついには女神の座所、薔薇の城の美しい花まで登りつめた。
 果たして、そこに女神はおわした。
 女神は金色のしべでできた玉座から立ち上がって彼を迎えた。
 幾多の試練をくぐり抜けた黒髪の若者は、いまや強さと、勇気と、忍耐を兼ね備えた立派な武人となっていた。
 彼は己の弱さを振り払い、自分自身に誇りを取り戻すためにこの旅を始めたのだが、こうして女神と向かい合った今、その美しいことと典雅なことに驚き、一目で恋に落ちた――」

 星の娘は、もう何も言わず、目を見開いて老人の話に聞き入っていた。

「彼は女神に心を告げ、自分の妻となってほしいと願った。
 だが薔薇の女神は穏やかにかぶりを振って言った。
『私はあなたがた人間とは違う存在であり、この王国のすべてを見守り治めるつとめを負っています。
 私は人間の男の妻となることはできず、また、ただひとりのものとなって、女神としてのつとめを捨てることもできないのです。
 とはいえ、私が目覚めてよりこのかたの永の年月で、私を訪ねるためにここまで来てくれた人間は、あなたが最初。
 そのあなたの心に応えられないことは、私も悲しい。
 共には行けないけれど、それでもあなたがもしも私を愛してくれると言うのならば、その愛を、この王国の大地すべてに注いでください。
 この王国は、私そのもの。
 地上で、私の姿は見えなくとも、あらゆる場所に私はいます。
 一番小さな花の中にも、一番小さな虫の中にも、吹く風にも、水の音にも。
 あらゆる場所に――そして、あなたの側に。』

 彼は嘆いたが、女神の目の中に彼に対する真心を見てとり、頭を下げて言った。

『あなたを愛するように、この国を愛し、あなたを守るように、この国を守りましょう。』

 女神は金色のしべの一本を抜きとって、美しい剣に変え、口づけとともに彼に与えた。

 彼は地上に戻り、やがて、王国を守る最強の騎士として名を馳せるに至った。

 後に、王国が外の世界の脅威にさらされ、大戦争が起こった時、彼は、槍使いのオニユリと共に、王国軍の先頭に立って戦うことになる――」

 語り終えたとき、老人の横顔はいきいきと輝き、まるで若者のように見えた。

 星の娘が目を瞬いて見たとき、彼は、もういつもの彼の顔で笑っていた。

「これが、黒髪の若者の物語じゃ。
 アウローラさんは遠い昔、この物語を妹さんに語り、また、大人になってから、わしにも語って聞かせた。
 よいかな、あの若者は、いずれ時が満ちて自ら奮起し、その手で道を切り拓く運命にある。
 わしらの手出しは無用じゃ。」

「――よく、分かりましたわ。」

 星の娘は微笑んで言った。



【庭の王国への旅⑩へと続く】



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