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庭の王国への旅 ⑧

2015年01月30日 22:13


       *            *


「わしらは、ただの旅人ですじゃ。」

 星の娘が何か答えようとするよりも早く、老人が彼一流のゆったりとした調子で言った。

「森の中を歩いておったら、人が争うような声が聞こえてきましたのでな。
 何事かと思い、様子を見に来た次第ですじゃ。」

「――ふうん。そうか。」

 それだけの説明で疑念を捨てたのか、少女はあっさりと槍を下げ、

「ほら、お前! いつまでめそめそしてんだ。起きろよ!」

 うずくまったままだった黒髪の男の腕を掴んで、強引に引き起こそうとした。

 だが、男は苦しげに呻き、すぐにまた地面に突っ伏してしまった。

「まったく! 今日はまた、ずいぶんひどくやられたらしいな。
 仕方ない。あんたたち、悪いけど、手伝ってくれないか。」

 急にオニユリがそう言ったので、星の娘は面食らった。

「手伝う、というのは?」

「ああ。こいつを、軍病院に担ぎ込む。
 風の足は草原にいるから、あいつを呼ぶより、あたしたちで運んじまったほうが早いんだ。
 あたしのところで治療してやってもいいけど、川を渡らなきゃならないし。」

 オニユリの言葉のうち、星の娘が意味をはっきりと理解することができたのは最初の一文だけだったが、彼女は、すぐに頷いた。

「よろしいわ。
 では、ヘリオスのおじいさま、手伝ってくださいます?
 こちらの――オニユリさんよりも、あたくしたちふたりのほうが、背丈が近いですもの。
 この男の方を、両側から支えてさしあげましょう。
 オニユリさんには、道案内をお願いしたいのですけれど。
 あたくしたち、この森に来るのは初めてで、土地勘がありませんの。」

「ありがたいよ。」

 オニユリは片手をすばやく動かして複雑な手ぶりをした。

 どうやらそれが、彼女の一族の感謝の表現であるらしかった。

「ほら、お前も何とかがんばって、自力で立てよ!」

 それから、男を軍病院に担ぎ込むのは、思った以上に大変な仕事になった。

 男はすっかりぐったりとして、自分の足で歩くどころか、立つこともできないような有様だったからだ。

 星の娘と老人は、男に両側から肩を貸し、ふうふう言いながら、森の中の細い道をオニユリの後について進んだ。

 オニユリはしきりに振り向いては「もう少しだ。」「根性を出せ。」と、担がれている男に向かって発破をかけながら、先頭を進んだ。

 やがて、一同は森の中の広く開けたところに出た。

 そこには小川が流れており、それを越えたところに、白っぽい壁の2階建ての建物が建っていた。
 
 一同が小川にかけられた橋を渡るか渡らないかのうちに、赤いひさしのついた建物の入り口から、ひとりの女性があらわれた。

「病人ですか?」

 きびきびとそう問い掛けてきた女性の姿を見て、星の娘はもう少しであっと声をあげるところだった。

 その女性は白い服を着て、白い帽子で髪を覆っていたが、その顔も、手も、服の白がくすんで見えるほど白く輝いていた。

 その両の目はルビーのように赤く、きらきらと光を放っていた。

「怪我人です。」

 オニユリが答えた。

「腹とか、その他あちこち殴られて、ぼろぼろになってるんです。
 どうか、一刻もはやく手当てをしてやってください。」

 女性はぐったりとした患者の様子を手早く、注意深く調べ、頷いた。

「その方を、こちらに運び込んでいただけますか。」

 星の娘と老人は、女性の後に続いて軍病院の中に入った。

 オニユリは一番後からついてきた。

 一同は、両側にいくつもの扉のある清潔な板張りの廊下を通り過ぎ、大部屋に入った。

 大部屋は思ったよりも明るく、居心地が良さそうで、開け放されたいくつもの窓のかたわらには花が飾ってあった。

 たくさんの寝台が並び、そのいくつかには足や腕に包帯を巻かれた兵士たちが横になり、静かに休んでいた。

「そこの寝台へ。」

 男は、空いていた寝台に横たえられ、たちまち集まってきた――驚いたことに、みな、最初の女性と同じように輝く姿をした――女性たちによって、傷を拭ったり、湿布を貼ったりといった手当てを施された。

「それじゃあ、後はよろしくお願いします。」

 オニユリはそう言って頭を下げ、さっさと踵を返して大部屋を出ていった。

 星の娘と老人も、少し慌てて頭を下げ、オニユリの後を追った。

「――いや、助かったよ。ありがとう。」

 軍病院の外で待っていたオニユリが、出てきたふたりを見て、そう言った。

「いいえ、そんなこと、ちっともですわ。――あの、」と、星の娘は、好奇心を抑え切れなくなって訊ねた。

「今の女性たちのことですけれど。――あの方たちは、吸血鬼ですの?」

「しいっ!」

 オニユリは、初めて慌てた様子を見せ、口を押さえる真似をした。

「とんでもない!
 あんた、そんなことをあの人たちに聞かれたら、とんでもなく怒られるよ。
 あの人たちは、そりゃあもう誇り高い一族なんだから。」

「では、その――そうではないのね、やはり。」

 星の娘は、さもありなんと頷いた。

 白い肌に赤い目という特徴こそ、吸血鬼の姿と似通っているが、うっすらと輝きを帯びた、どことなく高貴なたたずまいは、化け物の類には見えなかったからだ。

「あの人たちは、炎喰いの一族。
 その名の通り、火を食べて生きていて、普通の食べ物も水も口にしない。
 あの人たちが衛生兵をやってるのは、あの人たちの身体は毒も、他の者には命取りになるような病気も、一切寄せ付けないからだ。
 身体の中に、大昔からの炎が燃えていて、毒や病気を焼き尽くしちゃうんだよ。」

「まあ!」

 星の娘は、驚いて言った。

 そんな奇妙な人々のことは、聞いたこともなかった。

「夜に、あの人たちを見たら、もっと驚くよ。
 薄い布をかけたランプみたいに、身体がぼうっと光ってるんだからね。」

 旅人の驚きを面白がるようにそこまで言ったオニユリは、不意に、あっという顔になって手を叩いた。

「そうだ! 失礼なことをした。
 あたしときたら、人のことばかり喋って、自分の名前も言ってなかったじゃないか。
 遅くなったけど、あたしの名前は、オニユリ。
 川の向こうの崖の上で、お茶屋をやってる。」

「オニユリさん。」

 老人は、にこにこしながら言った。

「あなたのお名前は、存じておりましたぞ。槍使いのオニユリ!
 その腕前には男たちも及ばぬと、王国に名をとどろかす達人じゃ。」

「いいや――そんなの――ちっとも。」

 オニユリは、先程の星の娘とそっくりな調子で謙遜したが、その頬は少しばかり赤くなった。

「ああ、そうだ。あんたたち、旅の途中なんだろ。
 よかったら、あたしのお茶屋に寄っていかないか?
 あいつを運ぶのを手伝ってくれたお礼をしたいんだ。」

「まあ、ご親切にどうも。」

 星の娘は心からそう言ったが、一方では、今日はいろいろな方にお茶をごちそうになる日だわ、と思って、おもしろい気もした。

「ところで、――あの、不躾でなければ、うかがいたいのですけれど。
 さっきの男の方は、オニユリさんのお友達ですの?
 ほんとに、災難でしたわね。」

「いや。友達じゃあないな。」

 オニユリは槍を担いで、鼻の横をこすった。

「家が隣同士なんだ。――家というか――まあ、後で、見れば分かるけど。
 とにかく、意気地のない奴でさ!
 あの野郎どもに、しょっちゅういじめられてるんだ。
 一発、がつんとかましてやればいいのに、いつもやられっぱなしでさ。
 仕方がないから、あたしがかわりに、あの野郎どもに文句を言ってやってるんだ。
 あんな連中が隊長だなんて、王国軍もどうなってるんだろうな。
 ちょっとばかり剣の腕が立つっていっても、根性が腐ってたんじゃ、立派な軍人とは言えないよ。そうだろ?」



【庭の王国への旅⑨へと続く】
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庭の王国への旅 ⑦

2015年01月27日 21:34

        
       *            *

 星の娘は右のてのひらを壁につけ、左手を前方の闇の上のほうにさしだしながら、慎重に階段をのぼりはじめた。

 20段ばかり真っ直ぐにのぼったところで、階段は急に左手に折れ、それから数段で、また左に折れた。

「この階段、螺旋構造になっているようですわね。――あら!」

 星の娘が思わず叫んだのは、何度目かに左に曲がったとたんに、一筋の細い光が階段に射しこんでいるのが見えたからだった。

 岩壁に、縦に細長い隙間があいていて、そこから空が見えた。

 星の娘はその隙間を覗き込んでみたが、岩の厚みは片腕を伸ばしても外に届かないほどで、空以外の何も見えなかった。

「ここが通風孔になっておるのじゃな。」

 老人は感心したように言った。

「これだけの岩盤を掘り抜くのは、さぞや大変な仕事じゃったろう。
 さあ、先人たちの仕事のあとを、どんどんのぼっていこう!
 わしの勘では、あともう5、6度曲がれば、上に着くんじゃないかという気がするぞ。」

 ふたりがどんどんのぼっていくと、ほんのわずかな割れ目のようなものから煙突を思わせる四角いものまで、さまざまな通風孔が次々と表れた。

 それらの通風孔が新鮮な空気だけでなく足元を照らすあかりをもたらしてくれたおかげで、そこから先は、あっという間だったような気がした。

「出口ですわ!」

 星の娘は叫び、ひととび跳んで、かたい岩盤の上から、ふんわりとした腐葉土の上へと着地した。

 ふたりは並んで立ち、自分たちが今や、王国の民がロスコーの森と呼ぶ巨大な森林の中に立っていることを見出した。

 いろいろな種類の木々がまじりあって生えていたが、どれも大きく枝をはり、葉は青々と、樹皮はいきいきとしていた。

 清々しく、また湿り気をおびた森のにおいを胸いっぱいに吸い込むと、石の階段をここまでのぼってきた足の疲れさえも吹き飛ぶような気がした。

 頭上から鳥のさえずりが聞こえ、星の娘は頭を傾けて耳を澄ました。

「きれいな鳴き声。――何羽かいますわね。
 一羽が鳴くと、他の鳥が、後について真似をしているわ! まるで、さえずり方を習っているよう――」

 と、そこで不意に星の娘は言葉を切り、眉をひそめた。

「ヘリオスのおじいさま、聞こえて?」と、彼女は囁いた。

「今、何か――」

 ふたりは口を閉じ、耳を澄ました。

 森の奥から、人の争うような声がかすかに耳に届いた。

 ふたりは顔を見合わせると、同時に頷き、そちらに向かって駆け出した。

「けんかかしら――それとも、王国の敵が入り込んで、戦いになったのかしら?」

 星の娘は、木々のあいだをぬって走りながら顔をしかめた。

「ここは、大戦争以前の時空のはず。平和だと思っていましたのに。」

「争いは、常に、そして、どこにでもある。」老人は答えた。

「幼い子供が生み出す物語の中にも、じゃ。
 そこには、美しいもの、善なるものが存在するのと同じように、醜いものも、悪も存在する。
 じゃが、な、アストライアくん。争いというものが、いつでも――」

 老人は、そこまでで急に言葉を切った。

 森の中に、ちょっとした広場のようになった場所があり、そこに、拳闘のリングが設えられているのが見えた。

 4本の丸太を地面の四隅に打ち込み、そのあいだに太いロープを張り渡したもので、床は、地面に板を敷き、その上になめした革を敷いてあった。

 そこで、ふたりの男が戦っていた。

 一方は、金の縁取りのある黒い服を着た男で、髪は風変わりに紫色、拳に革のベルトを巻いていた。

 もう一方は、粗末な白い服を着た黒髪の男で、拳に布を巻いていた。

 もうひとり、金の縁取りのある赤い服を着た、金色の髪の男がリングの外にいて、腕組みをしてその様子を眺めていた。

「やめさせましょう!」

 星の娘は、憤って言った。

 黒髪の男の足元はよろよろとおぼつかず、必死に腕をあげて身を庇おうとしているが、その動きももはや役に立つほどの速度を持っていなかった。

 その服は、胸元や袖が引き裂かれてずたずたになっていた。

 紫の髪の男のほうは、服装も整い、すこしも痛手を受けた様子がなかった。

 彼は黒髪の男の腹に拳を打ち込むと、機敏に下がって、相手がうずくまって苦悶するのを眺め、金色の髪の男に向かって拳を掲げてみせた。

 金色の髪の男はにやっと笑って、何か言い返した。

「――やめさせましょう!」

 星の娘はもう一度鋭く言い、自ら行動を起こすべく、腰の後ろの護身用の武器に手を伸ばした。

「待ちなされ!」

 老人が、その肩を掴んで止めたが、星の娘はそれを振り払った。

「待ちませんわ。
 あんなもの、正々堂々の戦いではないわ、弱い者をいたぶっているだけじゃないの!」

 そして彼女は木々のあいだから飛び出していこうとしたが、それよりも早く、叫び声を上げながら広場に駆け込んできた者があった。

「お前らぁ! 下がれ、この!」

 星の娘は、思わず、つんのめるように足を止めた。

 駆け込んできたのは、星の娘よりもだいぶ年下と見える、黒髪の少女だった。

 彼女はびっしりと一面に草花模様の刺繍をほどこした、オニユリの花の色の服を着ていた。

 そして、木の柄に石の穂先をつけた槍を手にしていた。

 少女は走る勢いをまったく緩めぬまま、リングのまわりに張られたロープに片手をかけただけで、ひらりとそれを跳びこした。

 そして猛然と槍を振り回し、うずくまっている男の側から、紫の髪の男を追い払った。

「また、こいつをいじめてんのか、お前ら! いい加減にしないと、ただじゃおかないからな!」

「ただじゃおかない、だと!」

 紫の髪の男が、せせら笑うように言った。

「では、どうするというのかな、お嬢さん。
 それに、いじめてるとは人聞きの悪いことを言う。
 俺たちはこいつを鍛えてやっているだけだ。こんな弱い男がいるなど、王国軍の恥さらしだからな。」

「お前らこそ、王国軍の恥さらしだ。」

 少女は槍の穂先を紫の髪の男に向けて、顔を歪めた。

「そうじゃないというなら、あんた、あたしと、一対一で戦ってみな!」

 紫の髪の男は、気に入らないという顔をした。

「この俺と、一対一で戦うだと!」

 男は馬鹿にするように言ったが、星の娘は、その表情にちらっとよぎった、不安の色を見逃さなかった。

「ばかばかしい。小娘を相手に勝ったところで、何の自慢にもならん。」

「そうそう、弱い者いじめは何の自慢にもならないよ、隊長さん。」

 少女は鋭く言った。

「あいにく、あたしは弱虫じゃないけどね。
 じっさい、あたしを倒せば、あんた、ちょっとした噂の的になるよ。
 このオニユリを倒す自信があるなら、かかってきな!」

「オニユリか。」老人が、感動したように言った。

「なるほど。あの子が――」

「さあ。」

 オニユリの槍の穂先が、じわりと男に迫った。

「そこに立てかけてある剣を取って抜きなよ。
 あたしの槍の穂先が、見かけほど鋭くないことを祈りながらね。
 それが間違いだってことは、このあたしが、すぐに教えてやるけどね。」

「――おい。」

 急に、それまで黙っていた金の髪の男が口を開いた。

「そろそろ、兵舎に戻る時間だ。」

「そうか。」

 紫の髪の男は、隠しきれず、ほっとしたような表情を浮かべた。

「では行こう。こんな奴らに構ってはおれん。」

「おい、おい、逃げるのか?」

 オニユリが挑発するように言ったが、紫の髪の男はさっさとリングを出てしまった。

「その男を、さっさと軍病院にでも連れていくんだな。」

 そう言い捨てて、男たちは隅の丸太に立てかけてあった剣を身につけ、森の中の道を大急ぎで去っていった。

「何だ、あの野郎! 勇気もないくせに、偉そうにしやがって!」

 オニユリは激しく地団駄を踏んで叫び、男たちの去った方に向かってなおも乱暴な言葉を投げつけていたが、急にぴたっと口を閉じたかと思うと、その鋭い目をまっすぐに星の娘と老人のほうに向けた。

「誰だい、あんたたちは!」



【庭の王国への旅⑧へと続く】

庭の王国への旅 ⑥

2015年01月25日 16:35

        *        *


 星の娘は、老人の言葉をよく覚えておこうとするかのように、ちょっとのあいだ黙っていたが、

「――さて。」と、やがて顔を上げて言った。

「あたくしたち、次はどこに向かいますの? 先程、お話に出ていた、薔薇の女神様にお目にかかるのかしら?」

「女神のおわす薔薇の城に入るのは、そう簡単なことではない。」と老人は言った。

「そこは後に回すとしよう。アストライアくん、あんたは今、体力、気力ともに充実しておるかね?」

「ええ。」と星の娘は頷いた。

「あの方のお茶のおかげで、すっかり元気になりましたわ。
 今なら、この丘陵地帯の端から端まで、駆け足で行くことだって、できるかもしれませんわ!」

「それだけの元気があれば充分じゃ。」と老人は言い、東の方に腕を振った。

「では、あの断崖絶壁を越えて、大樹のところまで行ってみようではないか。」

 星の娘は、東の方に高くそそり立つ灰色の断崖と、それを越えた先にそびえる神秘的な大樹の姿を見上げた。

 この王国に入ったばかりの頃の彼女なら、間違いなくかぶりを振って反論しただろうが、今は魔女の飲み物が彼女の手足を軽くし、心に活力を与えていた。

「よろしいわ。」と星の娘は言った。

「あたくし、ロッククライミングの経験なんてありませんけれど、それでも行けるだろうと仰るのでしたら、喜んで行きますわ。」

「あんた同様、わしにもそんな経験はない。
 安心しなされ。あの崖は非常に切り立っているが、実のところ、岩壁を掘って通したいくつかの抜け道があり、その中は階段になっておるそうじゃ。
 もちろん、王国の門の前にあったような立派な階段ではないじゃろうがの。」

「立派だろうとなかろうと、階段でさえあれば、御の字ですわ。」と星の娘は何でもなさそうに言った。

「やったこともないロッククライミングに挑戦して首の骨を折るより、ずっといいですもの!
 その階段がどれほど急で、場合によってはコウモリの巣みたいなところであっても、とにかく、歩きさえすれば、間違いなく上に着くのですからね。」

「何だか、あんたは少し変わったような気がするよ。」

 老人は笑って言った。

「おそらく、あのお茶の効き目じゃな。
 あの人の魔法の一部じゃろう。この王国で貴ばれる心のありようが、あの飲み物を通じてあんたの中に流れ込み、あんたはそれを身につけたのじゃよ。
 すなわち、少々の困難などものともせず、明るく前へと進んでゆく強さをな。」

「そうでしょうか?」星の娘は首を傾げた。

「あたくし、自分が変わったとは思いませんけれど。」

「人はしばしば、自分でも気付かぬうちに変わるものじゃ。
 ――さあ、行こう! たとえ階段が急であっても、コウモリの巣になっていようとも、じゃ。
 あの崖を越えて、美しい大樹の下の森を歩こうではないか。」

 ふたりは出発した。

 魔女の飲み物は確かにその足取りを軽やかにしており、ふたりはあっという間にいくつもの丘をのぼりくだり、花咲く丘陵地帯を越えることができた。

 やがて、ふたりの目の前に、灰色の岩壁がほとんど垂直に立ち塞がった。

 一番上を見ようと思えば、後ろに倒れる寸前まで仰け反らなければならないほどの高さがある。

 離れた場所からは巨大な一面の壁とも見えた岩壁は、近くで見れば、いくつかの岩が組み合わさってできているということがわかったが、ひとつひとつの岩はあまりにも大きく、その表面には、いくつかの小さな出っぱりや割れ目の他には、手がかりになりそうなものはほとんど見られなかった。

 もしもこの崖の表面を登攀する者があるとすれば、それはトカゲかヤモリか、あるいは伝説に謳われるほどの忍びの者に違いない。

「階段は、どこにありますの?」

「アウローラくんの話によれば、その入口は厳重に隠されておる。
 万が一にも、望ましからざる者が、この崖を越えて侵入することがないようにな。
 なぜならば、この崖の上に広がるロスコーの森の中には、王国で一番大きな病院があるからじゃよ。」

「病院?」

 星の娘は驚いて言った。

「この国の人々も、病気にかかるということがありますの? こんなにも空気が澄んでいるのに。」

「正確には、軍病院だそうじゃ。」老人は、片手で注意深く岩の表面を撫でて歩きながら言った。

「病気よりも、怪我のためにやってくる者が多いと聞いておる。
 主に、戦いや訓練で傷を負った兵士たちが、治療を受けるために来るのじゃ。――あったぞ!」

 急にそう叫び、老人は立ち止まって岩壁の一点を指し示した。

 そこには、意図してそれを探していたのでなければ確実に見落としてしまったであろう、小さな茶色の石がぽつりと飛び出していた。

「少し下がっていなされ、念のためにな。」

 星の娘が数歩、後ろに下がると、老人は頷き、茶色の小石を思い切り親指で押し込んで、自分もすばやくそこを離れた。

 たちまち、崖の奥で何か重いものがゆっくりと動く音が響きはじめ――「今、ギアが噛み合うような音がしましたわ。」と、星の娘は言った――その後、ごろごろと鈍い響きが1分ほども続いたかと思うと、ずんと地面が震えるような感覚があって、ふたりの目の前の岩壁に、すうっと一本の亀裂が入った。

 明らかに人の手になる真っ直ぐな一本の亀裂は、石のこすれ合う音を立てながらどんどん広がり、奥に細い階段と、さらにその奥の真っ暗な闇をあらわにした。

「さあ、急いで入るんじゃ!」老人が叫んだ。

「気をつけて! もう、閉まり始めておる。」

 星の娘が先に飛び込み、続いて老人が入った。

 それから5秒も経たないうちに、石の隠し扉は再び地響きを立ててぴったりと閉じ、一筋の光すらも射さない、完璧な闇が訪れた。

 どこかに通風孔でもあるのか、中の空気は淀んではおらず、少しばかり埃っぽい他は何のにおいもしなかった。

「ヘリオスのおじいさま。」星の娘は、暗闇の中で、ほとんど吐息のような声で呼びかけた。

「そこに、いらっしゃる?」

「無論じゃよ。」老人の声がすぐ側で答えたが、どちらも、相手の姿を目で見ることはできていなかった。

「爪先で足元を探りながら、階段をのぼっていけるかな、どうじゃ?」

「ええ。大丈夫――多分、大丈夫ですわ。ここに段があります。また、次。
 こんなふうに階段の幅が狭くて、かえって助かりましたわ。
 両側の壁に手をついて進めば、転ばずに済みますもの!
 さあ、ついていらしてね。のぼっていきますわよ!」

「気をつけてな。」

 老人が言った。

「頭を打たぬように! 幅がこれほど狭いならば、高さもそれほどはないと考えたほうがよいじゃろう。
 ここでは、背中を伸ばして立つこともできるが、途中で急に低くなるところがあるかもしれんからの。」



【庭の王国への旅⑦へと続く】

脱出ゲーム!?

2015年01月24日 00:09

 こんばんは、アウローラです!

 先日、地上の現場の同僚たち数名と共に、はやりの(?)『脱出ゲーム』というものに参加してきました。

 メンバーのうち、脱出ゲーム経験者はひとりだけだったのですが――

 初体験のメンバーが『脱出ゲーム』というものに対して抱いていた事前のイメージが、それぞれ、まったく違っていて、面白かったです!

 ある同僚は「赤外線センサーのはりめぐらされている中を、ルパンのようにすり抜けていく」ものだと思っていましたし、

 またある同僚は「ダンジョンのようなところで、怪物に扮したスタッフとバトルし、倒して脱出する」ものだと思っていましたし、

 わたくしは「マジシャンがよくやる大脱出マジックのように、手首などを拘束された状態から、知恵の輪のような感じで工夫して抜け出す」ものだと思っていました!

 はたしてその実態は……というと、小部屋の中の色々なクイズを協力して解き、ヒントをもとに鍵を見つけて、次の部屋へと進み、制限時間内に全ての小部屋を突破して最後の鍵を開けることができたら脱出成功! というものでした。

 結果はというと――制限時間ギリギリすれすれカスカスで、全ての謎を解き、見事に脱出成功!

 それぞれ得意分野が違うメンバーが、力をひとつに結集した、チームワークの勝利となりました。

 クイズを解くために頭をフルに回転させ、ヒントを求めてそこらじゅうを駆けまわったため、その後で飲んだビールが異様に美味しかったです☆

 というか、人生で初めて、ビールを本当に「美味しい」と感じましたよ……!

 時にはこういった催しに参加してみるのも、楽しいものですね。

 
 ――というわけで(?)本日のところは、このへんで!

 下記事に拍手、ありがとうございました~!(拝)

 また次回の記事で、お目にかかりましょう☆


※私信返しのコーナー※

 1/23に拍手メッセージを送ってくださったお客様、ありがとうございます!(拝)
 アストライアさんと謎の老人氏の『庭の王国』の旅、楽しみにしてくださって、わたくしもとても嬉しいです☆
 あの王国は、わたくしにとって、とても懐かしい、心の故郷とも呼ぶべき場所です。
 ふたりの旅の様子を読んでいると、王国の風景や、そこに暮らす人々の姿や声までもが、まざまざと心によみがえってきます……
 ふたりの旅はこれからも続いていきますので、応援していただけましたら幸いです。
 このたびは、わざわざのメッセージ、本当にありがとうございました~!!(拝)

庭の王国への旅 ⑤

2015年01月22日 21:34

        *          *


 魔女はそこまで言うと、ポットを取り上げて空になった客人たちのカップになみなみと注いだ。

 やがて、果物もお茶もきれいさっぱりなくなってしまうと、魔女はふたりをうながして、おもてに出た。

 外の薬草園には、様々な植物が生い茂り、どんなに小さなものでもひと抱えはありそうな株に育っていた。

「これはボリジ、ルリヂシャとも言う。」

 青紫色の星のような花をつけた株に触れて、魔女は言った。

「あの子は、この薬草が好きだった。あたしは、この花を砂糖漬けにして――」

 そこまで言って、魔女は不意にことばを切り、

「ちょっと待ってな。」

 と言い置いて、家の中へ戻っていった。

 星の娘と老人は、ゆったりと薬草園の中を歩き回り、図鑑を眺めては気に入った薬草をどんな配置で植えようかと思案する少女の姿を想像していた。

 ふたりが水路の上にかかった石の橋の上に立ち、小さな滝がしぶきをあげて流れ落ちるのを眺めていたとき、魔女が戻ってきた。

「これを持っていきな。」

 魔女は、ところどころ地の金属の色がのぞく、年代物の青紫色の缶を差し出した。

「あんたたちは、これからも旅を続けるのだろ。
 これは、ボリジの花の砂糖漬けだよ。
 あんたたちも少しは食べたっていいが、できたら残しておいて、これを、あの子に渡してやってくれないかね。
 あたしの家で過ごした幼い日の思い出の記念にさ。」

「確かに、お預かりいたそう。」

 老人は古の比類なき名工の手になる細工物を受け取った職人のように、その小さな缶を恭しくおしいただいた。

「ご安心くだされ。わしらは、帰るまでにこの貴重な贈り物をすっかり食べてしまうような真似はいたしませぬ。
 帰ったら、アウローラくんとお茶を飲みながら、この花の砂糖漬けを食べて、あなたのことや、あなたの薬草園のこと、お茶のことを話すといたしましょう。」

「本当に、ご親切なおもてなしをありがとうございました。」

 星の娘は、丁寧に頭を下げた。

「あなたは、この家で過ごした幼い日の思い出の記念に、と仰いましたけれど――
 アウローラさんは、きっと、また、この家に戻ってくると思いますわ。
 多くの大人は、自分が幼い頃に過ごした場所のことを忘れてしまい、二度とその場所を訪れることはできないけれど、物語を語る者には、それができるのですもの。」

「ああ、そうあることを祈ってるよ。」

 ふたりがタペストリーのかかった門のところに立つと、魔女は初めて、にこりと笑った。

「さらば、ふたりの旅人よ、つつがなく行きたまえ!
 あなたがたの旅路に守りと導きのあらんことを。
 薔薇の女神のしろしめす豊かにして美しき国の、望む限りすべての場所へ、その歩みの至らんことを!」

 それまでざっくばらんに話していた魔女が、不意に朗々たる声で荘重な物言いをしたことに星の娘は驚いたが、おそらくはそれが魔女の呪文というものだったのだろう。

 タペストリーの門をくぐるかくぐらないかのうちに、ふたりは目の前の景色がぐらぐらっと揺れたような感じに襲われ、気がつくと、目の前にはふたたびあの丘陵地帯が広がっていた。

 ふたりは、行きに難儀した砂漠を一足飛びにとばして、はじめに立っていた場所まで戻ってきたのだ。

「ご親切にどうも。」

 老人は、そっと呟いて、その手に握っていた缶を大切にふところにしまった。

「あの方が、あたくしたちをここまでワープさせてくださったのね。
 あの砂漠をもう一度通らずに済んだなんて、本当にありがたいですわ!」

 星の娘はすっかり感激して叫んだ。

「なんて親切な方でしょう。
 あたくし、正直に申し上げて、はじめは、あまり感じのよくない方だと思いましたわ。
 物言いが、とてもぶっきらぼうなのですもの。
 でも、今は、アウローラさんがどうしてあの方のところに足繁く通っていたのか、よく分かりますわ。
 それにしても、こんなにも正確に座標をとらえて、一度にふたりをワープさせるなんて――
 まだお若いのに、あの方、とても優れた力を持っていらっしゃるのね!」

「あの人は、王国に住むあらゆる者たちの中で、いちばん年長じゃ。」

 老人は言った。

「いちばん年長であり、いちばん強い力を持っておる。
 もっとも、その力は、ほとんどいつでも隠されておるのじゃが。
 薔薇の女神と呼ばれる今のこの国の女王よりも、もっと古くから、あの人はアウローラくんのよき話し相手だったのじゃ。」

「でも――そんな、ちっとも――」

 星の娘は、驚いて口ごもった。

「あたくし――ちっとも、そんなふうには思えませんでしたわ。
 つまり、あの方が、そんなにも――お年寄りだなんて。」

「魔女が生きてきた時間の長さは、その姿からは、はかれぬものじゃ。」




 【庭の王国への旅⑥へと続く】

庭の王国への旅 ④

2015年01月20日 20:43


        *              *


 星の娘は、もう少しで文句を言うところだった。

 西に広がる一面の砂漠に、果てがあるようには思われなかったし、仮にあるとしても、それが地平線より遠いことは明白だったからだ。

 そして、地平線よりもこちら側に、薄茶色の砂以外の何かがあるようには見えなかった。

 星の娘の表情から、それを読み取ったのだろう。

「安心しなされ。」

 と、老人は言った。

「そう遠くはないのじゃ、本当にな! まあ、騙されたと思って、わしについてきなされ。」

 ふたりは歩き出した。

 西に向かって、いくつかの丘を越えてゆくと、やがて足元が緑の草地から砂地へと変わった。

「あの向こうじゃ!」

 老人は先に立ち、ひときわ高い砂丘の斜面を巻くように登り始めた。

 一足ごとに、踏み出した足がくるぶしよりも深く埋まり、さらさらと崩れる砂のために、歩みは遅々として捗らなかった。

「遠くはない、って、仰いましたわね!」と、とうとう我慢できなくなって、星の娘は叫んだ。

「がんばってくれ! もう少し、あとちょっとじゃ!」

 ずいぶんと難儀して、どうにかこうにか、ふたりは砂丘の反対側までまわり込むことができた。

「見えたぞ。ほら!」

 老人が叫び、星の娘は荒い息をつきながら見下ろした。

 王国の門からでは、ちょうど大きな砂丘の陰になって見えなかった場所に、赤茶けたレンガで組み上げられた塀が続いていた。

 塀の向こう側はすっかり砂で埋まり、こちら側と何らかの違いがあるようには見えなかった。

 あたかも打ち捨てられ忘れ去られた遺跡のようなそのレンガ塀には、窓も扉も、ちょっとしたくぼみすらもなかったが、ただ1ヶ所だけ、タペストリーがかけられていた。

 ふたりは、そこに近づいていった。

 太陽の光と、砂漠の風のために色褪せたそのタペストリーは、赤と黒と金の色糸で織りなされ、その表面には翼を広げた鳥か、竜のようなものの姿が浮き出ていた。

「さあ、入ってゆこう。」

「まだ、道は続きますの?」

 もはや不満を隠そうともせずに、星の娘は言った。

「あたくし、嫌ですわ。これ以上、埃っぽい遺跡の中を歩いたり、そうでなければ、真っ暗な地下迷宮――」

 老人がタペストリーの端をつかんでめくり上げ、星の娘は、口をつぐんだ。

 彼女は信じられないというように何度かまばたきをし、それから、老人のあとに続いて、タペストリーに隠されていた門をくぐり、その向こうに踏み込んでいった。

 そこに広がっていたのは、一面の芝生だった――地面をおおう草は、先程の丘陵地帯に生えていたものよりも、もっと色が濃く、みずみずしいように見えた。

 頭上には青空が広がっており、その青は、先程まで見ていた空の青よりも、一段深く、静かな色合いを持っているように感じられた。

 そして何よりも星の娘を驚かせたのは、奥に、小暗い森が広がり、その手前に大きな一本の樹が生え、その側に、1軒の家が建っていることだった。

 壁は黒っぽい木でできていて、屋根は赤く塗られていた。

 家のまわりには、見事に手入れをされた花壇が広がり、そのまわりや、あるいは中を縫うように、細い水路がはりめぐらされていた。

 水路のあちこちは小さな滝のようになっていて、涼しげな水音が、ふたりが立っている場所まで聞こえていた。

「とても信じられませんわ。」

 星の娘は言った。

「だって、丘の上から見たときには、あんな森や、芝生や樹や、家なんて、ちっとも――」

「それはここが隠された場所だからさ。」

 星の娘と老人は、弾かれたように同じ方向を向いた。

 大きな樹がつくりだした、黒い影の中に、ひとりの女性が立っていた。

 娘というほど若くはないが、小母さんというには違和感があるような年齢の人だった。

 腕をむき出しにした黒いワンピースのような服を着て、手首にいくつも金の輪をはめていた。

 黒髪をうしろでひとつに束ね、黒い目でまっすぐにこちらを見つめる表情は、歓迎しているようには見えなかったが、敵意もなさそうだった。

 強いていうならば、どこか、面倒くさそうな顔つきをしていた。

「あんたたちが近付いていることは分かっていたよ。」と、彼女は言った。

「砂漠で迷わず、まっすぐ魔女の家へやってくるのは、あたしが招いた者か、何かしらの導きを持つ者だけさ。あたしが招いた覚えがないなら、導きのほうだということ。そのことについて話しな。」

「突然の訪問、お許しくだされ。」老人は頭を下げていった。「わしらは、アウローラくんのつかいとして、ここに来ましたのじゃ。」

「あたしは、そんな名は知らない。」

「アウローラさん、名乗らなかったのかしら。」と星の娘が、老人の後ろからひそひそ声で言った。

「それとも、アウローラとは違う、地上の名を名乗ったのかしら?」

「黒髪の女性ですじゃ。――いや、女の子、と言ったほうが当たっていたでしょうな、当時は。」

 老人は、魔女に向かって言った。

「その子は、たびたびここに来て、あなたと過ごしたと言うておりました――特に、あなたの薬草園のことと、お茶のことが忘れられないのだと。」

「ああ。」急に、魔女は何もかも分かったというようにうなずいて、さっさと踵を返した。「なら、ついておいで!」

 すぐに老人と星の娘は薄暗く涼しい家の中に通され、年代物の黒い木のテーブルにつき、すぐそばの台所で魔女が動き回るのを見守ることになった。

 天井は太い木の梁や垂木がむき出しになっており、そこからは様々な乾燥させた薬草の束や、種のようなものを入れたざるがぶら下がっていた。

 あまり長く経たないうちに魔女はテーブルにやってきて、鍋敷きを置き、そこに大きなガラスのポットをのせた。

 そこには光の加減で黒くも見える赤っぽい液体が入っていて、中には木の枝や葉や実に見えるものがたくさん浮かんでいた。

 星の娘が一瞬ぎょっとしたのは、その液体は血ではないかと疑ったからだったが、ほのかに漂う香りが、そうではないことを教えた。

 甘酸っぱい香りは、花や果実を思わせ、そこにかすかに苦みや、草の葉のような爽やかさもまじっているようだった。

「まずは、お飲み。あの砂漠を歩いてきたなら、喉が渇いているだろ!」

 言い方には、愛想はなかったが、この魔女が客人をもてなすことについて自分一流のやり方を持っていることは態度でわかった。

 金で飾られたガラスのカップに魔女がついだ暗赤色の冷たい飲み物を、星の娘は非礼にならない程度にこわごわ眺め、それから、カップをとりあげて、一口含んだ。

「――まあ!」

「うむ!」

 星の娘と老人は、同時に声をあげ、すぐに二口目を含んだ。

 香りと同様、甘酸っぱく、どこかぴりっとした風味のある飲み物は、清水のようにたちまち喉をすべり落ちていった。

 カップ1杯分を飲み干してしまうと、身体の奥がすっとしたようになり、手足に力が流れ込み、頭がすっきりするように感じた。

「これは――薬ですの? それとも、エナジードリンクのようなものかしら。」 

「さあね、外のことばで何と言うかは知らないよ。」

 魔女は台所で立ち働きながら、あいかわらずぶっきらぼうな調子で答えた。

「多分、何とも言わないだろうよ。だってこれはあたしが自分でレシピを考え出した飲み物なんだからね。あたしはただ『お茶』と呼んでるよ。あの子が気に入っていたお茶はこれだよ。」

 そして、すぐに戻ってきて、茶色と緑色のまだら模様をした握りこぶしほどの大きさの果物をいっぱいに盛りつけたかごを、どんとテーブルに置いた。

「食べな。」

 星の娘はさっそく手を伸ばし、その見たこともない果物を手に取った。

 皮はかたいが薄く、パリッと卵の殻のように割れて、中に詰まったゼリーのような果肉は爽やかな風味をもっていた。

「さて。」

 砂漠を歩いてきたお客が、食べたり飲んだりしてようやく人心地ついたのを見届け、魔女は自分もテーブルについて、果物の皮を剥きはじめた。

「あんたたち、あの子のつかいでやってきたって? あの子は、もうずいぶんここに来ていないよ。元気にやっているのかね?」

「ええ。」と、星の娘は、お茶のカップをはなさないままで答えた。

「元気です。地上――つまり、外の世界では、いろいろなことがあるようですけれど。それでもあの人は、この国や、他の国の物語のことを、忘れてはいませんわ。」

「あの頃もそうだったさ。」

 魔女は懐かしむように言った。

 その唇の端に、ちらっと笑いがよぎった。

「あの子は、外の世界で疲れることがあると、よくあたしのところに遊びに来たものさ。たとえば、外の世界が真夏で――何と言ったかね? あの子が毎日することになっていた、あの――行進? 行軍? いや――そう、『通学』。」

 魔女は手の中のカップを回し、暗赤色のお茶がさざなみを立てるのを眺めながら言った。

「そういうときなんかにさ。あたしは扉をあけて、あの子を呼んでやるんだ。すると、あの子はやってくる。ここに――そう、あんたたちが座っている、その椅子に座って、あたしのお茶を飲むんだ。外の水路で、よく冷やしたやつをね――今みたいにさ!」

「やってくる?」星の娘は驚いて言った。「その、通学を、しながら?」

「もちろん、肉体は外の世界に置いたままでさ。」魔女は言った。

「心で、こっちに来るんだ。ちょうど、今のあんたたちのようにね。あの子は、そうすることができる力を授けられていたよ。あんたたちは、その力のことを何と呼んでいるかね?」

「――時空跳躍。」

 星の娘は、おごそかな調子で答えた。

「そう、その力さ。」魔女は言った。

「あの子には、それができたんだ。こっちで少し休んで、それから、また出ていく。あたしのところに来ることができなけりゃ、あの子は、ずいぶん難儀な思いをしたろうさ!」

「あの――あなたは、アウローラさん――その子のことを、まるで、自分が面倒を見てやった子供のようにおっしゃるのね。」星の娘は言った。

「あの、あたくしがこんな言い方をしたからって、お気を悪くされないといいのですけれど。でも、不思議ですの。だって、この国は――その子が、生み出したものなのでしょう? あの子のことを、女王陛下と呼び、あがめる者もいますわ。」

「陛下ね!」
 
 魔女は叫ぶように言ったが、別に感銘を受けた様子はなかった。

「少なくともあたしは、そうは呼ばないね。――多分『あんた』とか、そんなふうに呼んでいたと思うよ。
 名前は知らないんだ。別に必要なかったからね。
 あたしは、あの子をここへ招いて、お茶を出してやる。あの子は、それを必要としていたんだ。
 あたしは、そう、あんたの言い方を借りれば、あの子に生み出された者かもしれないが、あの子のほうだって、あたしたちがいなけりゃ、困ったことになっちまっただろうよ。
 あたしたちと、あの子は、言ってみりゃ、持ちつ持たれつというわけさ。」

「まあ――」

 星の娘は、それ以上、何と言っていいか分からなかった。

「それにね、あんたはあの子がこの土地を『生み出した』と言うが、あたしに言わせりゃ、そうじゃないんだ。
 少なくとも、全部はそうじゃない。あの子が生まれる前から、庭はここにあったんだよ。
 あの子は、その庭の中に、あたしたちがいることを見つけたんだ――」

 魔女は、両腕を広げ、肩をすくめるような仕草をした。

「ま、確かに、あの子のおかげであたしたちの土地が豊かになったのは間違いないけどね。いいかい、あの子はいろいろな薬草を植える――自分の庭にね! すると、あたしたちの土地に、その薬草がどっさり茂るんだ。
 それだけじゃない、あの子は、本を読む。外の世界でね。物語や、図鑑なんかを、どんどん読む! すると、あの子が読んだもので、いいものはみんな、あたしたちの土地に来る。
 外の薬草園を見たかね? ――花壇? ああ、それだ。
 あれは皆、あの子があそこへ作るといいって言ったんだよ。あの子は、あの薬草園を作るために、薬草の本を少なくとも3冊は読んだと言っていたよ。」



【庭の王国への旅⑤へと続く】

山頂への道 ~快晴!~

2015年01月19日 00:22

ヘリオス「よう、皆、久しぶりだな。
 最近なかなか山に行くチャンスがなかったんだが、アストライアとジジイも新しい挑戦を始めたってことで、オレたちも、負けてはいられねえ!
 今回は、久々にアウローラさんと登ってきたぜ!」

アウローラ「登ったのは、奈良県の葛城(かつらぎ)山。標高は959mくらいだそうですよ!」

へ「今回は、メンバーがいつもと違ったな」

ア「そうなんです。いつもはジェイ先輩と登っているのですが、今回は初登場の『ナノ』先輩も加わっての登山でした☆」

DSCF4051.jpg

ア「下の方は、こんな感じでしたが……」

DSCF4056.jpg

ア「だんだん、あたりにが見え始め……」

DSCF4081.jpg

ア「最終的には、こんな感じになりました!」

へ「久々に見たぜ、地上で、雪が積もってる風景……」

ア「六甲の『七兵衛山』以来じゃないですか?
 ちなみに、この画像に写っていらっしゃるのが、ナノ先輩ですよ」

DSCF4065.jpg

へ「道端に、小さな木の芽が生えていた! 寒い中でも、がんばってるんだな。
 こいつが、周りに生えてる木ぐらいデカくなるのに、いったい何年くらいかかるんだろうな……?」

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ア「冬枯れのアジサイ。こういう姿も、美しいものですね!」

へ「このへんには、アジサイの株がたくさん並んでたな。
 夏場に登れば、見事な『アジサイロード』になってるはずだぜ!」

DSCF4094.jpg

ア「山頂に到着!
 ――今気付いたんですけど、なんか、わたくしがナノ先輩の頭にキックしてるみたいな絵面になっちゃってますね(汗)
 わたくしは、後ろの、丸太でできた看板で『波止場のポーズ』をとってるだけですよ!」

へ「波止場のポーズ……って、あの、船乗りが、ロープをかける金具みたいなやつ(←名前、何ていうんだろうな?)に片足をかけてる、アレのつもりだったのか……?
 なんで、山で海の男のポーズをとるんだよ……?

「男のロマンですね!」

「………………。」

DSCF4097.jpg

ア「快晴の空が、あまりにも美しかったので1枚!
 木の枝が凍りついて、陽の光にきらめいているのが、何ともフォトジェニックでした☆」

へ「この後、山頂のレストハウスでをたらふく食って、歩いて下山した!
 久々の下りだったからな。脚がイテーよ!」

ア「お風呂でよく温まり、シャワーの冷水・温水切り替えで、脚の血行をよくしておきましょう……!
 さて、次の山の予定は、どうなっていますか?」

へ「多分、ジェイ先輩と金剛山に登ることになるんじゃねーか?
 その時は、また、新たなメンバーが加わるかもしれねーぜ!」

ア「山が結ぶつながりが、だんだん広がってきていますね☆
 次も、がんばって登りましょう!」

へ「おうっ!
 ――じゃーな、皆。オレたちの記事を読んでくれて、ありがとよ!」

ア「また次回の記事で、お目にかかりましょう~!!(拝)」

庭の王国への旅 ③

2015年01月15日 22:39


       *        *


「ヘリオスのおじいさま。」

 一礼を残して隊長が自分の持ち場に戻っていったのを見届け、星の娘は、とがめるような口調で言った。

「アウローラさんからの手紙を持っていらっしゃるなんて、あたくしに、一言も教えてくださいませんでしたわね!」

「すまぬな!」と、老人は叫んだ。

「話しておくのを、すっかり忘れておったわい。
 時空跳躍の前に、アウローラくんから手渡されておったのじゃ。
 言おうとは思っておったのじゃよ。
 じゃが、跳躍を控えたあんたがあまりにも深く集中しておったので、その場では言うのを控えた。
 そして、跳躍が成功してからは、言うのをすっかり忘れてしもうたのじゃ。」

「まあ、よろしいですわ。」と、星の娘は鷹揚に言った。

「おじいさまのおかげで、無事にこの国に入ることができたのですもの。
 ――ああ、なんて、美しい国なのでしょう!

「本当に、美しい国じゃ。」

 老人は感に堪えぬというように呟いた。

 ふたりは今、王国の土地の南端に立っていた。

 その目の前、北の方角には、花の咲き乱れる一面の丘陵地帯が広がっていた。

 巨大な波のように盛り上がっては谷間をつくって続く丘陵のはるか先、やや北西よりの方角には、ところどころを緑におおわれた巨大な岩山がそびえているのが見え、さらにその上には、森が広がっているようだった。

 一方、北東よりの方角には、うっすらと白い霧のようなものが立ち込めていた。

 白い霧のようなものが水しぶきであることは、遠く、どうどうと響く水音によって分かった。

 そこに大河が流れ、滝が流れ落ちているのだ。

 それより向こうは、水しぶきに隠されて、よく見えなかった。


 東の方に目を転じれば、そちらは、丘をいくつも越えないうちに高く険しい灰色の断崖に阻まれ、それ以上の通行は不可能ではないかと思われた。

 だが、その断崖の上にも森が広がっているのが望まれ、そこからは驚くほど巨大な一本の木が、天に向かって伸びていた。

 太さといい高さといい、神話の中からあらわれ出たような威容を持つ大樹だった。

 どうにかして断崖を越えることができたならば、あの大樹の根元に近づくこともできるだろう。


 そして、西の方には、北や東とはまったく違った風景が広がっていた。

 そちらは、しばらくは岩の転がる荒れ地であり、さらにその先は広大な砂漠になっていた。

 薄茶色の砂が、ゆるやかに波打ちながら眼路の限りに続き、その果ては見えなかった。


「庭の王国の国土の、なんと広大無辺なことよ!」

 老人は腕を振って周囲のぐるりを示し、言った。

「ひとの心に生まれる物語が無限であるように、この国にもまた、果てというものがない。
 そして、この国は、地図のように一枚の面から成っているのではないのじゃ。
 この国のあちこちには、いくつもの隠された門や扉があり、そこをくぐれば、遠い場所へあっという間に行くことも、別の空の下へ行くことさえもできる――
 ちょうど今、わしらが美しい門をくぐって入ってきたときのようにな。」

「重層的な構造の時空なのですわね。」

 王国の風景を感心したように眺めながら星の娘は言い、それから、あらためて老人の方を見た。

「ヘリオスのおじいさまは、なぜ、そんなふうにこの国のことをご存じですの?
 この国にいらっしゃるのは、あたくしと同じで、初めてなのでしょう?」

「確かに、来るのは初めてじゃ。
 じゃが、昔、アウローラくんから色々と話を聞いたことがあってな。」

 老人は穏やかに笑って答えた。

「ここに住んでおる人々のことも、いくらかは聞き知っておる。
 ――よくよく聞き知っておる、と言った方がよい面々もおるぞ、何人かはな。
 これから、そういった人々のもとを訪ねてみたいと思っておる。
 それは、アウローラくんの願いでもあるのじゃ。」

「では、まず、どなたに会おうとお考えですの?
 その方のお住まいが、ここから、あまり遠くないと嬉しいのですけれど。」

 星の娘は、思わずそう言った。

 時空跳躍に続く、さきほどの荒れ地の縦断で、星の娘はすっかり疲れてしまっていた。

 庭の王国の空気は芳しく、丘陵地帯に咲き乱れる花々のやさしい香りと、爽やかな草の香りを含んでいるようだったが、この空気を吸いながらでさえ、これ以上あまり長く歩き続けることは難しいと彼女は考えていた。

「安心しなされ、そう遠くはない!」と、老人は笑いながら言った。

「さっきは、歩き慣れていないあんたに、ずいぶん強行軍をさせてしまったからのう。
 まずは、身体を休められるところに行こうと思う。――魔女の家じゃよ。」

「魔女ですって?」

 眉を寄せて繰り返した星の娘に、老人はうなずいた。

「その人の名前は、わしには知らされておらん。
 多分、アウローラさんも名前を知らんのじゃろう。
 じゃが、アウローラさんが幼い頃、ひとかたならず世話になった人だそうじゃ。
 その人の家を訪ねよう!」

「名前を知らないのに、家はご存じですの?」

 星の娘は、驚いて訊ねた。

「ああ。道は、アウローラくんから聞いておる。
 行こう――あっちじゃ!」

 老人は言って、砂漠の広がる西の方角を指差した。




【庭の王国への旅④へと続く】

庭の王国への旅②

2015年01月12日 21:35

          *            *            *


「もう少し、手すりですとか、きちんとしておいていただきたいものですわね。」

 ずいぶん長い時間をかけ、下の平らな地面を踏みしめるときになって、星の娘はやっとそう言うことができた。

 それまでは、一足ごとにぱらぱらと足元から落ちていく小石や砂のように、今自分がのっている階段も突然崩れて落ちていくのではないかという不安と戦うことに忙しくて、とても文句を言うどころではなかったからだ。

「これも、王国の守りのためじゃよ。」

 若い道連れよりもよほど確かな足取りで階段をくだり切った老人は、苦り切った顔で手の土埃を払っている星の娘に笑いかけた。

「外から攻め込むことを難しくするために、わざと道を険しくしてあるのじゃ。ここから先も非常に歩きにくい。気をつけてゆこう!」

 二人は庭の王国の入り口に向かって、荒れ地を北へと縦断しはじめた。

 行く手にそびえ立つ白い門は、あまりにも巨大で、近づくにつれてさらに圧倒的な存在感を増し、見上げて歩くと今にもこちらを押し潰してしまいそうに思われた。

 そこで星の娘は、下を向いて進むことにしたが、それは足元の安全のためでもあった。

 地面はところどころが砂に覆われ、ところどころは濃い灰色の岩盤が剥き出しになっていて、そこらじゅうに小石が散らばっていた。

 また、子供の頭ほどのものから、大の大人が数人がかりで手を繋いでも囲むことができないほど大きなものまで、さまざまな大きさの岩石が転がり、あるいは半分ほども地面にうずまっていた。

 岩の中でも大きなものは、ぐるっと回り込んで、避けて通る必要があったし、時には岩と岩のあいだの、ごく狭い割れ目を通り抜けなければならない場合もあった。

「これもまた、攻め寄せる敵を防ぐためなのでしょうね。」

 岩に擦れた衣の汚れを、眉を寄せて眺めながら、星の娘は呟いた。

「その通りじゃ。もっとも、庭の王国が外から攻められたことは、これまでない――少なくとも、この時点においては、まだ、一度もない。」
 
 老人はそう言い、またひとつ大岩を回り込むと、大きく腕を振った。

「さあ、いよいよ、やって来たぞ!」

 二人の目の前に、これまでとはまったく違った光景が広がっていた。

 荒れ地のごつごつした地面が突然途切れ、磨き抜かれた象牙のようになめらかな白い石でできた、ゆるやかな階段が二人の前にのびていた。

 その階段は全体として扇を広げたような形をしていて、一段一段は低かったが、すべての段の蹴込み板には美しい草花や鳥や獣たちの姿がびっしりと彫り込まれ、王国の職人たちのすぐれた仕事ぶりを物語っていた。

 扇のかなめにあたる、階段の最も上には、王国の入り口である小さな――それは白い門の巨大さと比べてのことであったが――アーチ型の門があり、その奥にはわずかに青い空が見えていたが、そこまでたどり着くのは、簡単なことではなさそうだった。

「あたくし、何も喋りませんわ。」星の娘は呟き、ぎゅっと口を結んだ。

「止まられよ!」

 ふたりが壮麗な階段の最初の段に足を置くよりもはやく、上から鋭い声が飛んできた。

 庭の王国の衛兵たちが、階段の両脇にずらりと並び、厳しい視線でふたりを見据えていた。

 彼女たちは、みな、同じ格好をしていた。

 濃い桃色の上着を着て、クリーム色のズボンをはき、上着と同じ色の膝丈のブーツをはいていた。

 上着とブーツには深紅の縁どりがあり、それと同じ色の短いマントを全員が羽織っていた。

「我らはあなたがたの顔をこれまでに見たことがない。」

 階段の真ん中に進み出た、金の髪の娘が、威厳ある調子で言った。

 その手には金色の穂先の長い槍が握られていた。

 彼女はその槍を天に向けていたが、立ち方の油断のなさから見て、儀礼用の飾りとして持っているのではなさそうだった。

「また、あなたがたのような格好をした者を、これまでにこの地で見たこともない。あなたがたは何者か? 我らが王国に、何用があって参られたのか?」

「わしらは、あなたがたの王国の美しい姿を、一目、この目で見たいと願って参りましたのじゃ。」

 老人は小さく頭を下げて言った。

「薔薇の女神様のしろしめす庭の、豊かにして美しい国! 草木は青々と伸び栄え、不思議の湖の水は七色に輝く。わしらは長年、この地を訪れることを夢に見ておりました。そして今、とうとう、それが叶いましたのじゃ。」

「それはまだ分からぬぞ。」

 金の髪の娘――髪留めに刻まれた太陽の紋章で、彼女が衛兵たちの隊長であることが分かる――は、厳しく言った。

「あなたがたは、今初めてここに来たと言う。そうであるのに、我らの女王の御名と、不思議の湖のことを知っているとはいかにも奇妙だ。我らの国のことは、外の者には隠され、知られてはおらぬはず。」

 隊長の槍の穂先が、老人の胸にぴたりと向けられた。

 それと同時に、衛兵たちがそれぞれの武器を構えた。

 銀の槍を構える者、弓に矢をつがえる者、髪を留める飾りから、編み棒に似た形の細長い武器を抜きとって、両手に構える者もいた。

 星の娘は、藍色のケープの下で、ゆっくりと腰の後ろに手を回そうとした。

 そこに、衝撃波を発生させる護身用の武器があるのだ。

「動くのではない!」

 老人に穂先を突きつけたまま、隊長は星の娘に鋭い目を向けた。

「そなたが何をしようとしているにせよ、それをしとげるより先に、我らの武器がそなたらを串刺しにするぞ。」

「まあ、まあ、みなさん。落ち着きなされ。」

 老人が、まるでお茶でも飲んでいるときのように、ゆったりとくつろいだ調子で言った。

「わしらは、あなたがたの敵ではない。今、証拠をお目にかけよう。じゃが、その前に慌てて槍で突っつくのは、やめてくだされよ!」

 老人はゆっくりと両腕を広げ、肩よりも高く掲げると、右手だけをゆっくりと動かして、胸のあたりのローブのひだにさし込んだ。

 衛兵たちが一斉に緊張したが、隊長が片手を挙げてそれを制した。

「それ、これをご覧!」

 老人が取り出したものは、真新しい紙を巻いて封印をしたものだった。

 隊長は用心深くそれを受け取って後ろに下がると、封印を破って紙を広げ、中をあらためた。

 そこに書かれたことを目で追ううちに、その表情には、ありありと驚きの色が広がっていった。

「とても信じられん。」

 やがて、隊長はそう言ったが、そのことばは疑いではなく、あまりにも大きな驚きをあらわしていた。

「では――本当に? 本当にあなたがたは、あの方のところからおいでになったのか?」

「誰のことです、隊長?」

 左右に控えた衛兵たちが、口々にたずねた。

「あの方とは、いったい、誰のことです?」

 隊長は、自分でも自分のことばが信じられないといった様子で答えた。

「我らの王国のもといをきずかれた、あの方――はじまりの女王陛下。」

 衛兵たちが大きくどよめいた。

「あのお方が!」

「今は、外の世界においでになるはず。」

「では、本当に――」

「アウローラさんのことですの?」星の娘が眉を寄せて言い、老人が「しいっ!」と言った。

「たいへん失礼をいたしました。」

 隊長が言って、恭しく紙を返してよこした。

「あなたがたに武器を向けた非礼をお詫びいたします。あの方からの手紙に、あなたがたのことがはっきりと書かれておりました。どうぞ、この門をお通りください。」

「詫びるには及びませぬて。」と、老人は笑って言った。

「当節のような時代にあっては、当然の用心と言えよう。あなたがたの油断ない働きがあってこそ、王国の平和は守られておるのじゃから。」

 隊長は頭を下げ、ふたりを導くように階段をのぼっていった。

 衛兵たちは一斉に武器を掲げ、老人と星の娘に敬意を表した。

 ふたりは、隊長のあとについて階段をのぼり、アーチ型の門に達し、細密な彫刻のほどこされたその表面を驚きをもって眺めながら門をくぐり抜けた。

「ご覧なさい!」

 隊長が叫んだ。

「薔薇の女神様のしろしめす庭の、豊かにして美しい国に、あなたがたはおいでになった。この国の姿をその目でご覧になったのは、人間の中では、あなたがたが最初です――あの方と、あの方の妹御の他には。」

 ふたりはこうして、はじめて庭の王国の地面を踏み、その空の下に立った。



  【庭の王国への旅③へと続く】

かのなつかしき地へ

2015年01月10日 12:12

 アストライアさんと謎の老人氏が、新たなるチャレンジをはじめてくれました……!(←下記事参照)

 わたくしと、わたくしの地上の妹が遊んだ、懐かしい庭の王国――

 アストライアさんと謎の老人氏があの時空に跳び、そこで見聞きしたことがらを「ことば」に換えて確定してくれることで、ふたりの子供の心の中にしか存在しなかった世界に、誰でも訪れることのできる入口が開かれる。

 あらゆる「物語を語る」という行為は、すべてそういうものだと、わたくしは思っております。

 物語こそが、異なる空の下を訪れるための扉――

 あの時空には、わたくしが10歳かそこらだったころに毎日遊んでいた、懐かしい友たちが暮らしています。
 
 その人々と、物語を通して再会できることが、わたくしもとても楽しみですよ。

 まず、お二人が王国の門を無事に通過することができるかどうかが心配ですが……出発前に寄ってくださった謎の老人氏に、例のアレをお渡ししておいたので大丈夫でしょう、多分!(笑)

 
 それでは、今回のところはこのへんで。

 下記事に拍手、ありがとうございました!(拝)

 また次回の記事で、お目にかかりましょう☆



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